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『82年生まれ、キム・ジヨン』変わる韓国と変わらない日本

「ね、日本の男ってさ、
変なところで要求高くない?」

ゼミの帰り道、
中国からの留学生の女友達に言われた。

「え?」
「ランチにいってちょっと服にシミがついたら指摘されたり、座るときちょっと脚を開いていると行儀が悪いって」

「あ~。たしかに日本人は細かいところがあるかも。仕事もそうだしな~」

「ううん。仕事では逆。
私、居酒屋でアルバイトやってるけど仕事できなくても店長は全然怒らない。むしろ私よりできる男子の店員は全員よく怒られてる」

彼女は腑に落ちない顔でこう続けた。

「仕事はできなくても許してくれるのに、マナーとか女らしさにやたら厳しい気がする。」

「あー……。」

たしかにそういうことってある気がする。
特に居酒屋では「若い女の子」ってだけで役割がすでにあるような雰囲気……

そのときぼくは、女であることのメリットの一つだな、くらいにしか思わなかった。怒られないのはラッキーだ。

……ときがたって現在。
ぼくは今、テレビ局の番組制作で研修をしているが、ADをやるのをめっちゃびびっている。

なぜなら、上司はADには基本めちゃくちゃあたりが強い。
上から裁ききれない仕事量をふられ、できないとめちゃくちゃ怒られる。
そんなボロ雑巾みたいな扱いを受ける未来が怖いんだよね。。

しかし、制作部にいて奇妙なことに気づいた。
ADはたいてい、精神的に追い詰められて病んだりすることが多いのだが、先輩の中で、女性にはそういう人がいなかった

その理由は多分、上が女性にはあたりの強い口調を使わなかったり、といった配慮が存在するのではないか。

これは想像でしかない。だけど男性ADのような扱いではないことは、仕事を見ていればわかる。丁寧に扱われている気がする。

仕事量は男と変わらないと思う。だけど上司の接し方が柔らかいだけでも、仕事は楽になるはずだ。

でも多分、それが成り立っているのは女性ADさんたちがちゃんと「女性」らしくしているからだと思う。
めちゃくちゃ忙しい中でも、服や髪や肌は、しっかりと手入れが行き届いていることがわかる。

……それはある種、女性たちの知恵でもあると、ぼくは思う
女性らしくすることは自分たちにとってメリットなのだ。

でも世の中には会社のたび化粧をしなきゃいけない、化粧をしないと失礼だという風潮が嫌だ、と思う女性もいる。
ぼくはそれをもっともだと思う。見えない権力に強制されているみたいでヤダ。

でも日本社会にある「女性らしくする」対価として「仕事で優遇される」という図式は、根強くて根深い。サバサバして、上司に物申す女性は、あまり歓迎されないイメージがある。

めちゃくちゃ気持ち悪い図式だがそういう社会である以上、女性たちは自己の最大の利益を得るため、仕事で化粧をするし、就活のリクルートスーツはパンツタイプではなくスカートを選ぶし、自己主張をしすぎないようにしている……。

謎ルールの中で自分が損しないように、犠牲をはらっている。

そういった女性の生きづらさを描いたのが『82年生まれ、キム・ジヨン』だ。

普遍的でありながら、韓国独特の思想を伺うことができる。
韓国は、日本よりもっと女性が生きづらい国だった。
そして今、変わろうとしている国なのだ。

あらすじ

キム・ジヨンは今年で33歳になる。3年前に結婚し、去年女の子を出産した。ある日突然、彼女は自分の母親や友人が乗り移ったかのように振舞い始める。

心配した夫とともにその原因を探るため、カウンセラーのもとで彼女の誕生から学生時代、受験、就職、結婚、育児までを振り返る。

キム・ジヨンの半生から浮かび上がってくるのは、何世代にもわたって女性たちが心に閉じ込めてきた思いだった。

韓国の歪んだ思想

まずぼくが驚いたのは韓国の「男尊女卑思想」の根強さだった。

K-POPアイドルのイメージもあって、女性がたくましく、強く生きることがいいとされる国なのかと思っていた。

しかしそれは本当にごく最近の話で、ちょっと前までは日本をはるかに超える酷い状態だった。

キム・ジヨンは、自分が生まれる前から、性差別を体験している。

キム・ジヨンの父方の祖母は、息子を産むことが女の最上の価値だと考えているような人だった。

キム・ジヨンの母が長女、つまりキム・ジヨンの姉を産んだとき、涙をこぼしてこういった。

「お義母さん、申し訳ございません」

祖母は
「大丈夫。二人目は息子を産めばいい」
といった。

そしてキム・ジヨンの出生時には
「大丈夫。三人目は息子を産めばいい」

ところが、定期健診で三人目も娘であることがわかった。

このとき、母は「下唇を噛み、一晩じゅう声を殺して枕がびっしょり濡れるまで泣いた。朝になると唇がぱんぱんに腫れて口が閉じられず、つばがだらだら流れ出てしまうほどだった。」

女の子は生まれることすら望まれていない。
女性がいなければ子孫はできないのに、そんな考えってあるのだろうか、と思えるがこれは当時、キム・ジヨンの生まれた80年代には韓国社会全体にあった思想なのだ。

そのころ政府は「家族計画」という名称で育児制限政策を展開していた。
医学的な理由での妊娠中絶手術が合法化されてすでに十年が経過しており、

女だということが医学的な理由であるかのように、性の鑑別と女児の堕胎が大っぴらに行われていた。

1980年代はずっとそんな雰囲気が続き、90年代のはじめには性比のアンバランスが頂点に達し、三番め以降の子どもの出生性比は男児が女児の二倍以上だった。

女児の出生をも制限されるような雰囲気のあった韓国社会の異常さがうかがえる。

仕事を頑張ってもダメ、頑張らなくてもダメ

キム・ジヨンは学生のうちから、姉弟間での親からの扱い、クラスでの男性優遇、男性からのストーキングなど様々な面で理不尽な目にあってきた。

それは仕事においても変わらなかった。

就職試験では、女性だというだけで苦労をする。キム・ジヨンが就職した2005年、就活情報サイトが百あまりの企業にアンケート調査をした結果、女性採用比率は29.6%だった。

キム・ジヨンは面接中に「もし取引先がセクハラをしてきたときどうしますか」という質問をされて、「トイレに行くなどして席を離れます。」と穏便に済ませたが、不合格だった。

そもそもそういったことを面接で聞かれることすらセクハラだ。しかしこのようなことはよくある話なのだろう。

キム・ジヨンはなんとか中規模の広告会社で働けることとなった。
しかしそこでも、会社肝いりの企画チームから「女性だから」という理由で外されてしまう。
長期プロジェクトになるので、育児や産休で抜けられると困る、という社長判断があったという。

キム・ジヨン氏は迷路の真ん中に立たされたような気持ちになった。
誠実に、落ち着いて出口を探しているのに、出口は最初からなかったというのだから。

仕事を頑張ったところで、自分ではどうしようもない「性別」という足かせが、自分からチャンスを奪っていく。

仕事を頑張っても、正当な評価を得られないのだ。

世代間ギャップ

本の中に、キム・ジヨンが行きたくもない会食に連れて行かされるシーンがある。

そこでは取引先のおじさんたちのクソつまらない話を「うんうん」と聞かないといけない地獄が繰り広げられている。

これは日本でも想像しやすい場面だが、男女不平等の問題は、世代間ギャップによるところが大きいと思わされた場面でもある。

ぼくは日本人の価値観は、バブルを境に大きく変わっていると思っている。
バブルを経験した現在の50代以上と、バブル崩壊後の失われた30年が当たり前の40代以下では価値観がまるで違う。

50代以上は過去の日本の価値観だ。簡単に言えば、「いい大学に合格して、いい企業に入り、結婚して子供を持ってマイホームを買って車を買って、その会社で定年まで働いて、、、」という価値観。それが人生の幸せ。

40代以下は、若い頃を不安定な日本に生きてきた。ゆっくり貧しくなる日本で、「頼れるのは自分、社会(日本)に期待しない、就職は人それぞれ、(非正規雇用・転職アリ)、お金がなければ結婚しない」という価値観。

このような世代間の価値観の違いは、男女観にも及ぶ。

旧式の価値観を持つ人間が社会のトップにいるうちは、男女平等も進みにくい。逆に言えば、50代以上が社会からごそっと引退したとき、日本は変わることができるかもしれないなんて思う。

逆アファーマティブアクション

アファーマティブアクション。積極的格差是正ともいわれる。
簡単に言えば歴史的に差別を受けてきたマイノリティに対し、機会均等を実現するためにとられる救済措置だ。

例えばアメリカの大学ではアジア系・黒人の学生は白人の学生に比べて低いボーダーラインで合格できる、とかね。
これはこれで「逆差別だ」という反対意見があるんだけど、「それはどうかな~っ」て思う経験があった。

ぼくのゼミでは、「入ゼミ試験」というものがあって、それにパスしたらゼミに入れる、ってシステムだった。

入ゼミ試験は課題本のレポートと面接の二つ。
試験といっても形だけで受験者は全員合格できるゼミもある中、ぼくの所属するゼミは学部内でも人気のゼミで、受験者の半分以上は不合格となるゼミだった。

ぼくも受験生側だったけど、自分が4年生になると、今度は面接官として入ゼミ試験にかかわることになるのだ。

そこで面白い現象が起きた。
受験者全員と面接をしたんだけど、ある共通点があったのだ。

それは、圧倒的に女子のほうが優秀だったということ。

就活がまだ始まってないこともあって、面接に慣れていない学生がほとんどだった。けど、それにしても男子は本当に面接がへたくそだった。

「面接がへたくそ」とはどういうことか。

面接はいろんな要素が複合して一つの「印象」を作り上げる。
そしてその要素の一つ一つは細かいもので、だからこそ大事だったりする。
男子はその細かいところに気を配れる人が極端に少なかった。

例えば面接の部屋に入って椅子に座るまでの歩き方、座り方。
面接が始まってから聞いたり、話したりするときの姿勢。

そういう面接で話す内容と関係ないと思われることも、実は「面接」だったりする。人間は結構動物的で、「何を話したか」よりそういう動きとか見た雰囲気で人を判断しがちだと思う。

そういうところで、男子は全体的に粗野でどこか知的ではない雰囲気を感じる人が多かった。
そして実際、話す内容もあんまり本を読んでこなかった人間なんだろうなと思わせる人が多かった。

一通り面接が終わった。
募集人数20人に対して、50人が受験してくれた。その内訳は男女半々くらい。
ここから選抜作業をしなきゃいけない。

黒板には受験生50人の名前と、面接の点数が並んでいる。
まずは50人すべての平均点を割り出し、それを合格の基準点と定めた。

基準点未満の受験者を、黒板から消していく……

すると驚くことが起こった。

残った受験者のほとんどが女子だったのだ。
正確には、男子は8人しか残っていなかった。

受験者は男子25人、女子25人。それに対し平均を上回った男子はたった8人。
しかも残った8人も、おおむね平均点よりちょっと高いくらいだった。

この時点で、男子8、女子17の25人が残っていた。
だけど募集定員は20人だから、まだ削らなくてはならない。

そこで次に点数が高い順で上から20人とってみた。
そしたら男子は6人に減ってしまった。

男子6、女子14のゼミ。
公正に実力ある順にとったらこんな結果になったのだ。

教授が「この男女比はちょっと……」という。
そこで、男子8、女子12の案が出た。

つまり、能力的には劣る男子を合格にし、能力的に優るはずの女子を落とすということだ。これはちょっとした議論になった。

ゼミのバランスとして男子はもう少しいた方がいい。それはゼミの雰囲気や来年度の試験のゼミイメージにもつながる。あのゼミは女子しかとらないから受けるのやめよ。とかね。だから男子を増やそう派。

しかしそれでは不公平だ。実力で合格するはずだった女子はあまりに報われない。男女比をあきらめて女子をとるべき派。

ぼくは女子をとるべきだと思った。今までちゃんと勉強してこなかったやつがラッキーで恩恵を受けることにむかついたからだ。

結果的にその中間択をとることとなった。
定員を22人に増やしたのだ。これで男子8、女子14でとることを決定した。

果たしてこの決定が正しかったかはわからない。ただ、男は優遇しないといけないくらい、実力で女子に負けているという事実は、強烈な印象をぼくに残したのだった。
このケースでは、男は救済される側だったのだ。

男は今までのバイアスを失って、女性の社会進出により競争率が二倍になった社会で、より「できない人」があぶりだされる時代になった。

もう男は「男」というステータスにすがることはできない。
そこにあるのは完全なる自由競争だ。

もう過去のもの

『82年生まれ、キム・ジヨン』に書かれていることは、ぼくら20代以下にとっては「過去のもの」という位置づけになりつつある。
こう言い切ると「今でも苦しんでいる女性は多い」というもっともな意見が聞こえる。

けど、かなり変わってきているはずだ。
少なくとも、ぼくのゼミで起こったようなことは珍しくないはずだ。
ぼくらの世代の男は、しっかり女に負けてきている。(それは恋愛の力関係でもそうだと思う)

ところが上の世代はそういった経験はない。
就職や昇進、恋愛まで、男本意な社会だった。
だから上の世代が社会から引退したとき、社会はかなり変わるだろう。

ぼくは思うに日本のフェミニストの方が戦うべきは「男」というよりも「バブル入社世代」や「団塊世代」の男だと思う。

時代は変わっているのに、ルールを作る人間が古いから、日本はいつまでたってもアップデートできないのだと思う。

日本では東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視の発言をして世界中から批判された。
ところが辞任どころか、周囲が擁護するという信じがたい展開になっている。

世界経済フォーラム(WEF)が発表した「男女平等ランキング2020」では日本が過去最低の121位(前年110位)なのに対し、韓国は108位(同115位)で日本を逆転した。

気づけば、男尊女卑が色濃く残っていた韓国よりも、日本は大きく後退しているのだ。

日刊現代 2021/02/13
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/285156/

                     糸冬




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