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埋もれた将棋名作ルポ『ライターの世界』(3)全7回

(作家湯川博士の埋もれた名作『ライターの世界』を掘り起こす、第3回)
 
 この(3)はすでにに書き上げていたのに、下書き保存を押してそのままになっていた。これのすぐあとに『将棋に憑かれた男』の番外編を書いていて、それに気持ちがのめり込んで忘れてしまったようだ。
 
 
 湯川師匠のルポは、全体的に乾いてやわらかい文章。社会問題ではなく、将棋という娯楽を扱っているのがおおもとの理由だが、それだけではない。取材対象者の雰囲気を損ねないよう、自説や解説をくどくど入れないからだ。酒場では一方的にしゃべる師匠だが(高座名、仏家シャベル(ほっときゃ喋る)」、文章内ではなんとも奥ゆかしいのだ。
 無名の人物を取り上げ、上手に語らせ、自身は補佐する程度に抑えて出しゃばらない。
 これまでnoteに載せた『泪橋のバラード』や『将棋に憑かれた男』が、いい例だ。
 
 しかしこの『ライターの世界』では、どうしても、ある程度の解説が必要となる。書き物の世界が持つ独特の慣習があるからだ。
 
 そして関さんのインタビューのあとは、再び出版関係の説明となる。
 

著者をしのぐライター
 
 
 ここで将棋界から離れて、普通のゴーストライターの実態に触れておく。現在の出版業界は、外部の編集プロダクションによって成り立っていると言ってもいい。編集プロはいくつかの出版社をつかんでいて、せっせと企画を持っていく。そして企画が通ると、著者にOKをとって取材(テープに吹き込む作業)、あとは手分けして1ヵ月足らずで書き上げてしまう。実用書のライターは、どんな分野でも書きこなす能力がなくてはいけない、今月『冠婚葬祭入門』を書いたかと思うと来月は『星占い入門』という具合、そしてここでも、著者とは折半が原則のようだ。
 実用書の著者の存在は、ライター側が見つけてくるものが多い。つまり、有能なライターが先行し、著者は取材対象である場合が多いわけだ。出版社側は、誰に(ライター)書かせるとよく売れるか知っている。つまり著者の名前よりもライターの腕に安心感を持っているといえよう。この場合の腕とは、文章力、企画力、消化力(注文をこなす)、そしてなによりスピードだ。専門家は知識の分野では優位だが、他はライターに劣ることが多い。
 話を将棋に戻す。アマ四、五段くらいの棋力があって、ライターとしての腕がある人は、一般向けの棋書を書くのにはプロ棋士に劣る要素は少ないと言っていい(気力は取材でカバーできる)。
 一般実用書ライターAさんの話。
「出版社のほうも月に3点とか出さないといけないんで、我々プロダクションと契約しているんです。今は新刊中心なので、次々と出さざるを得ない。製作期間は取材も含めて1ヵ月以内。執筆10日なんてザラです。でも、ハウツー物(実用書)は初版2万部はすりますから、けっこう商売になるんです。将棋は私も好きですけど、部数が少ないんでやってません」
 棋書の場合、自分の名前で観戦記や記事が書けるようになると、棋書ライターから離れていく傾向が強い。いろいろなライターに聞いてみると、ひとつは、プロには「お前に書かせてやる」と言う威張ったところがある点と、もうひとつは、とにかくしんどい仕事だという点のようだ。ここいらの感覚を、将棋ライターの卵である、雑誌編集者の若手3人組に語ってもらった。

 
 ゴーストライターの説明は、どうしても必要だろう。おそらく棋書だけでなく実用書一般で、著者だけで作り上げる本はとても少ないだろう。
 
 著者は彫刻家のようなもので、大きく形を浮かび上がらせる。ゴーストライターは、雑な角を削って滑らかな曲線美を作る。そんなところか。著者に細かく指示を出せば、角まで削ってくれるだろう。しかしやり取りに時間がかかるし、「大きく形を浮かび上がらせる」技術を持った人なので、細かく言えば気分を害するかもしれない。だから小さな作業はやり慣れた人が担当することになる。それがゴーストライターだ。上記の湯川師匠の文章にも出てくるが、ゴーストライターはとにかくどの分野も書けて、仕事が早くなければならない。著者とゴーストライターは同じ本に関わっているが、端的に言って大きな違いは仕事の〆切日があるかないかだ。
 
 棋士は、当然だが将棋(対局だけでなく研究会や解説、指導対局)がいちばんで、書き物は後回しだ。そんな人にちょくちょく連絡など入れられない。どうしてもゴーストライターが必要となる。ただむずかしいのは、冠婚葬祭や占いとちがって、そこそこ将棋が指せる人でないと書けないという点だ。棋書のゴーストライターは将棋の専門で、一般的な本の仕事はやっていない。
 
(4)につづく 


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