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埋もれた将棋名作ルポ『ライターの世界』(5)全7回

(作家湯川博士の埋もれた名作『ライターの世界』を掘り起こす、第5回)
 
 この(5)での小タイトルは『ライター名を入れる』。
 ライター名を入れれば宣伝にもなり、次の仕事につながる。実績として、明確に相手に分からせることができる。また、名前が出るならと、やる気も上がる。ライターとしてはいいことずくめだ。
 しかし、できれば出版社としては入れたくないところだ。棋士本人が書いたと思わせた方が、読者受けがよくて売り上げがいい。将棋だけでないが、一般的には著者名の人物が書いていると思われている。それを利用して出版社は売りたがるものだ。これが書かれた1980年代など、まだ出版の仕組みが一般に知られてなく、多くの買い手が、本人の書いたものだと思っていた。その時代に湯川さんはライター名を載せろと言っていたのだから、けっこうたいへんだったはずだ。
 
 ともかく、この小タイトルは前回の鼎談内容を引き継ぐカタチになっている。

ライター名を入れる
 

 こういった状況ではなかなか優秀なライターは育ちにくい。あくまでアルバイト、金儲けの次元にあえぎ、いい仕事をしようという意欲が燃えにくい。しかし、ここにひとつの風穴を開け、ヒントを与えてくれたのが、毎日新聞の田村孝雄(竜騎兵)さんではないだろうか。
 昭和49年に大泉書店で出版された、中原誠実戦集(全3巻)の仕事である。この本には、田村氏が名人に取材し、執筆した旨が明記されている。それから同じ大泉の『中原の現代三間飛車の定跡』には、東公平構成と記されている。このスタイルは、個性あるライターにはピッタリの方法だろう。
 いわゆる一流観戦記者でなく、アマ強豪で、ライター名を記してある本があった。木本書店の『八段石田和雄・三間飛車』である。この本は、文庫本が5冊箱入りという装幀で、定価1500円。あとがきで、「……その完成までにはアマ強豪宮崎国夫氏と木本書店の協力があったことを感謝したい」とある。宮崎国夫さんは新宿三桂クラブの席主で、朝日アマ代表にもなった
強豪。本書の「新宿将棋事情」でも紹介したユニークな人物だ。

「名前は出版社の方で入れてくれたようです。ボクは別にどっちでも関係ないです。棋書は楽しい仕事ですよ。そのあと何冊か書き上げました。
 定跡書の解説は資料を調べるのがたいへんですね。私の場合はほとんどがプロの実戦譜を参考にしましたから、自分の勉強にもなりました。まぁ、一石二鳥ですね。印税は著者と折半でしたけど、私にとってはだいぶ助かりました。木本書店には感謝してますよ」
 
 版元の木本書店担当者。
 
「あの本は値段もよかったんですが、売れまして増刷しました。私と石田先生で、校正刷りを最後に三日間合宿しまして、全部並べて確かめました。あの先生は本当に熱心です。やはり熱を入れた本はそれなりのことがあるようです。でも将棋の本は、思ったほど出ないので、今は新刊を出してません」
 
 中原誠名人著は割合ライター名を載せているようで、永岡書店の『中原自然流実戦集』には編集・金井厚の名がある。
 金井さんは共同通信や近代将棋で観戦記も書いている専業ライター。奨励会 ー 雑誌編集 ー フリーというコース。中原名人のものを数多く手がけているという人。話を聞こうと思って電話をしたが、引越してわからない。共同通信社や近代将棋編集部で聞いたが、今は仕事をしていなくて古い電話しかわからない。やっと新しい電話にかけてみた。
 
 ―― 現在は将棋の方は、あまりやってらっしゃらないんですか?
 
「えぇ、ちょっと座骨神経痛を患ってまして」
 
 ――棋書のお仕事は?
 
「まぁ……そのへんは適当にやってます。フフフ。そのうちまた」
 
 あまり話をしたくないご様子なので、電話を切った。
 兼業ライターの人の話を聞きたいのだが、なかなかつかまらない。人伝てに、元将棋世界編集部にいた、田代正夫さんが、棋書専門にやっていると聞く。さっそく無理を言って田代さんにお話を聞いた。田代さんはお酒を飲まない方で、スマートな中年紳士。近代将棋に十数年、将棋世界に6年ほどでフリーに。

 ここで切れ、次の小タイトルでは田代さんへのインタビューとなる。湯川師匠にして、なかなか切りどころのむずかしいルポだったようだ。
 
 湯川さんはこの時代に「名を入れる」問題を採りあげ、実際にライターにもアドバイスを送っていた。棋書ライターの待遇を上げた功労者といえる。
 
 しかし、中原さんが三間飛車の本を出していたとは意外だ。石田九段、3日間合宿とはすごい。宮崎国夫さんは、小池重明の一連の作品でも有名だ。
 
 木本書店という出版社では、この当時『スター棋士23人衆』という本も出していて、その頃活躍していたライターたちがそれぞれ有名棋士を書いている。
 湯川師匠もそこに一人の棋士を書いているが、だれか分かるだろうか。まぁ、湯川さんならこの人書くよなぁ、という棋士だ。
 
 
(6)につづく

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