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埋もれた将棋名作ルポ『ライターの世界』(4)全7回

(作家湯川博士の埋もれた名作『ライターの世界』を掘り起こす、第4回)
 
 
 前回(3)で引用した『著者をしのぐライター』では、一般的なライターの仕事が語られていた。この(4)『やりたい人 やりたくない人』はその続きとなっていて、実際に将棋ライター数人へインタビューして、師匠が鼎談形式にまとめている。このなかに出てくる「Y」は湯川師匠だろう。

やりたい人、やりたくない人
 
   
Y 「ボクはやったことないんだけど、お二人は?」
S 「えぇ、いくつかやりました。たいへんな仕事です。特に一流、超一流の将棋だと、間違えたくありませんし、変化など調べ出すともう眠れなくなっちゃうことが多いですね」
Y 「そういえばいつだったか、Sさん病気になって寝込みましたけど、あれも本のせい?」
S 「そうでしょうね。あのころ大きなのを抱えてまして、責任を感じちゃいましてネ。ちょっとノイローゼ気味に……」
Y 「その変化とかなにかで?」
S 「いや、あの一流モノでしたので、編集のチェックが厳しく、私の原稿が赤だらけになったんです。それやらこれやらで。さすが一流クラスの会社はしっかりしています。あの本はいい本になりましたよ」
Y 「Nさんはずいぶんやっているでしょう」
N 「奨励会に10年いましたので、ポチポチと。でもやめてここに来てからいちばん書きました」
Y 「そうでしょうね。ここは、はじめ無給でしたからねェ」
S 「ボクなんかまったく初めての世界ですけど、変化なんかは好きなんでむしろ面白いんですが、その会社会社の言葉使いとか、著者の人柄や口調を出すのに苦労しました」
Y 「どのくらいもらえるの?」
N 「……うーん、ちょっと一概に言えませんけど、ボクらは駆け出しなんで、社内原稿に毛が生えたくらいですね。詳しいことはこの仕事の元締めに任せてありますから。ボクらは、一生懸命書かせてもらって、お金がもらえるんで、やっているだけです」
S 「ボクは病気になって以来、棋書の仕事はやってません。まぁお金との兼ね合いの問題ですけど、割のいい仕事じゃないように思いました。同じ原稿料なら、雑誌の方がいいです。棋書の仕事は、人の名前ですからいいかげんなこと書けません。雑誌の仕事は自分の責任で自分の名前ですから、万一間違えても、これが私の実力ですと言えちゃいますけど……」
N 「ボクはお金も欲しいし、修行中ですからどんどん書きたい。今後も仕事をじゃんじゃんやりたいですね。ゴースト(代筆)やってプラスになる点は、お金がいちばんですね。ボクは計算したことないけど、向こうでくれる分でいいと思っています」
S 「うん、確かに収入面は大きいですね。仮に、楽な将棋で、楽な会社で楽な本なら、これはいい仕事だと思います。一流はやはり厳しいですけど」
Y 「私は精神衛生上よくないと思うからやらない。どこかに自分の名前が出るんならいいけど」
N 「ボクはストレスないね。名前なんか出なくても、仕事があればやりますよ」
 
 次に学生強豪の新井田基信君にもしゃべってもらった。彼は、講談社から『地上最強・ワセダ将棋』なる本を出したほどの剛腕。
「ワセダ将棋は、一応早大将棋部の名前ですが、図面とデータ集めは全部ボクです。あとは部員の何人かで手分けして書きました。棋書のバイトですか? まぁ多少やりました。先輩が請けたものをこなしましたけど、けっこう難しかったですよ。特に実戦譜から書く場合、著者の実戦譜を探すわけですが、高段の場合は、なかなかスパッと決まる将棋なんてないでしょ。
たとえば四間飛車破りとします。でもA級クラスだと、うまく決まるなんて年に1回でしょ。だから、定跡の本に入れる実戦譜探しに苦労しました」

 
 Sさんは原稿が赤だらけになってノイローゼ気味になったと書かれている。校正の「アカ」は多いと堪えるし、少ないと、まともにチェックしてくれてないんじゃないかと疑心暗鬼になる。多くても少なくても悩むのだ。ノイローゼというのも、この時代によく出てきた言葉だ。
 
 Nさんは、著作に自分の名前が出ないで、完全なゴーストでも構わないと言う。対してYさんとなっている湯川さんはイヤだという。湯川師匠は常々ライターに、棋書のどこかに名前を載せてもらえるよう交渉しろとアドバイスしている。そしてまた、それが達成されたライターには感謝されている。Nさんは本当に駆け出しの若手なのか、それとも謙虚なのか。あるいは本心を言っていないのか。
 
 ここで次の小タイトルになるが、内容は同じものが続いていく。その小タイトルが『ライター名を入れる』だからだ。
 
(5)につづく

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