棋士の世代交代(3)羽生さんのA級陥落(後編)
(前編)で、羽生さんのA級復帰がむずかしいだろうと締めくくった。
来季が、昇級を逃せない1年。来期を逃せば順位は確実に落ちる。そうなると今度は同星の頭ハネを気にしなければならないし、B級2組から、さらに活きのいい若手が上がってくるということもある。上がりにくい条件が増えてしまう。
羽生さんの陥落は、羽生さんだけの問題ではなく、時代と言っていい。羽生さん世代の棋士が、ことごとく落ちていっているからだ。この棋士のこれまでの活躍からすると、もうちょっとB級1組やB級2組で粘れるはずなのに、と思っている将棋ファンは多いと思う。
現在B級2組の行方さんに深浦さんに丸山さん。彼らのファンなどは、「頂点は無理にしても、もう一つ上のクラスでやっていけるはずなのに」と思っているのではないか。B級1組の羽生世代も、昇級争いに絡んでいる者はなく、逆に降級争いに絡んでいる状況だ。
羽生世代は強豪棋士が多く、羽生さんにちょっと遅れながらも上位に上がり、その一つ前の谷川世代を苦しめていた。しかし谷川世代の上位棋士も、圧されながらもかなり粘っていた。谷川世代に圧迫された中原世代だって、2枚腰で上位に踏みとどまっていた。時代とともに世代が代わっていくのは世の常だが、将棋指しは息が長い職業なので、陥落は緩やかだった。
しかし羽生世代は、とにかく現在、落ちていっている。順位戦やタイトル戦は実力者と見られている若手がスッと上がっていき、それに押し出されて羽生世代が落ちる。
各記録部門もそう。一発が入る連勝部門などは中堅も名前がちらほら載っているが、勝率部門など上位はズラッと若手だけ。おそらく10年将棋から離れていたファンは、今期の勝率部門を見て棋士の名前だと分からないのではないか。
この、「早く感じる世代交代」のひとつの原因は、AI(人工知能)の出現だと思っている。
なんとなく、羽生さんを含めたこの世代の棋士たちは、ちょうどAIが出現してしまったせいで、ワリを食った感じがする。
今の将棋番組では、必ず優劣のパーセンテージが出て、AIの指し示す候補手が出る。そしてまた、AIの読み手筋の数も。その数、億の単位。5億手とか6億手とか、出ているのだ。
人間を超えた、計算力。その機械の性能で、とにかく短時間にしらみつぶしに手を読む。それで、最も勝ちに近い手を探し出すのだ。
将棋では、直近は不利な手を指すことがある。いや、多い。角を切ったり、取れる駒をワザと取らなかったり。そこではそれはマイナスなのだが、その後、不利な手を通過したことで勝ちに近くなる。そういう「流れ」があるのだ。
野球に例えると、見せ球で1球ボールを投げるようなものだ。ボールをワザと投げてカウントを不利にするのは、直近ではよくないことだが、ボール球に目を慣れさせておいて、次にストライクを取りやすくする。「流れ」の中では、ボールを投げるのは、次を活かす必然的な行為なのだ。
将棋では、それがとにかく多い。実際には、直近で「いい手」など、ほとんどないと言っていいくらいだ。5手先、7手先など、現状では見えないところに「いい手」がある。プロはさらに、15手先とか、17手先とか、遥か彼方に隠れている「いい手」を探す。
すご~く先にある「いい手」を探せるのが、トップ棋士とも言える。AIは、トップ棋士よりもさらに先にある「いい手」を探せるから、棋士よりも強いのだ。
その強いAIが、今は棋士たちが勉強に使える。これまでは、研究している手順の先に、果たして「いい手」が隠れているか、分からなかった。人間がしらみつぶしに探しても、限界があるからだ。5億も10億もの手を追っていく時間が取れない。
しかし今は、AIが探し出し、「この先に必ずいい手がありますよ!」と教えてくれる。たとえば、単に駒を取る場面でも、それを手抜いて別の手を指す。そうすると、駒を取った手よりもAIの数値が高い。その先に、なにか好転する手順があるということになる。それを研究していけばいいのだ。
なんの変哲もない手を、AIが好手と推し、パーセンテージを上げれば、その手順の先に有利になる展開があるということだ。こういった目途をつけてくれるのであれば、研究しやすい。
AIがない時代は、疑心暗鬼のまま研究していた。こう進めていって、好転するのだろうか、と。だれも、どんな機械も、答を知らないのだから疑心暗鬼も当然だ。
しかし今は、「この先に必ずよくなる手順がある」というお墨付きがいただける。実力ある若手なら、そのヒントを元に、研究に没頭し、答を出し続けて、次第にその「好手を生む感覚」を身体に身に付けられるようになる。現在は、AIという補助具を使って、実力者が実力を開花させやすい。
なんとなくだが、その影響だろうか、藤井聡太さんを含めた若手棋士の将棋が、短手数で、しかも一手ごとの読みがとても深いように感じる。
中学生の頃、塾の先生から聞いた話を今も覚えている。その先生はバスケをずっとやっていたのだが、ジャンプ力があって、インターハイで高跳びの代表にさせられた。高跳びの選手よりも高く飛んでしまうからだ。
しかし元々の選手でないので、飛び方がめちゃくちゃ。フォームが悪いので、練習でバーをたくさん折ってしまった。バーが高価だからと、塾の先生はバーなしで練習させられたらしい。その練習が、むずかしくてまったく役に立たなかったといっていた。目標物がなくて、感覚がつかめないとのことだった。
子どもの頃からAIで研究している現在の若手棋士は、「この○○手先に優勢になる好手順がある」という目標物がある中で練習してきた。バーを置いて、それを超えるという感覚を掴めたのだ。AIのない時代は、バーなしに高跳びの練習をしているようなものだった。果たしてこれが、好手順だったのか?もしかしたらたいしたことない手順で、相手が間違ったから逆転できたのではないか? 断定できない中での、指し手だった。
これは大きいことだと思う。「AIの将棋ソフト」の出現で、若手は評価値の判断という武器を持ち、中堅棋士たちは言わば「徒手空拳」に近い状態になってしまった。
これまでの活躍を見ていたので、ぼくは、羽生さんやその世代の棋士たちのファンだ。もっと第一線でとどまっていてほしい。しかし、対局では、AIの指し示す「Best」を指さずに評価値を悪くしていく。そして20パーセントを切り、10パーセントを切り、投了に追い込まれていく。
来季、順位1位という有利な条件を活かして、羽生さんが上がってほしい。木村さんと一緒だと最高だ。
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