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小野寺ひかり『令和3年の幽霊たち』

5月16日開催予定の文学フリマに #文芸誌Sugomori として出店いたします!
そこで今月号は、文フリにて刊行する小説を無料公開でチラ見せ!
各作家が【令和3年の〇〇】をテーマに執筆いたします。
同誌には各作家へのインタビュー記事などの企画も掲載予定です。詳細はまた後日お知らせいたします!

闇夜を伝った雨だれはコンクリートに叩き付けられる。天気予報によると夜中は大雨が続くようだった。
――まもなく20時です。夜間の外出は控えましょう

街角に響くアナウンスの声に従い、往来の流れはゆっくりと確実に変わる。池袋駅東口から駅の改札方面へ行列が生まれていた。名画座は夜20時前には上映時間を終わらせているし、未だに行列のできるタピオカ屋もすでにシャッターを半開きだ。百貨店は客をさっさと屋外へと追い出すマニュアルがあるのか時刻通りにシャッターを下ろしていく。

百貨店に閉じ込められるのはなかなかの恐怖に違いない。最後の“乗客“がワンボックスカーに乗り込んだのを確認した。

「じゃ、ドア閉めます」俺は背広の雨粒を払い落し、運転席に乗り込んだ。
「準備は良いですか」
独り言と思われたかと思い振り向いて様子を伺うと、乗客の3名が無言でこちらをみていた。
「……ッス」
目の遭ったパーカー姿で若めの男性が小さく頭を下げる。隣に座るメガネをかけた女性。俺と同じ30代くらいかと、視線をやると途端に下を向いてしまった。最後部には年配の女性。すでに窓の外へ視線をやっている。男性1名と、女性2名。

「明大前で男性1名が乗車します。目的地までサービスエリアによりますし、食事やお手洗い休憩はその都度とりましょうか」

同意を求める間に「マスク外していいすか」男性が手を上げた。男のマスクはグレーのウレタンだ。

「無理強いはしないですよ。みなさん、今日が初対面ですし、トラブルは避けたいでしょう。できれば素性は隠したい方もいるかもしれませんし」


「ショーチです」言うなりあごマスクにして大きく息を吐いている。ははは、苦笑してみせるが女性2名は無言でマスクを鼻まで付け直す。

メガネの女性は同じ不織布のものを、年配者は手作りらしきデザインのものだ。2枚重ねたほうがいい、報道は見かけたが実践している人はまだ見たことがない。それとも彼らと俺の共通点が、気のゆるみを生んでしまうのか。
サイドブレーキをDにいれ、車は夜の街を走り出す。

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