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【エッセイ】衣南かのん『ふたつの記念日』

今月で2nd Anniversaryを迎えた文芸誌「Sugomori」。6月の特集として掌編・エッセイをお届けします。今月のテーマは『記念日』。

 そろそろ6年が経つ結婚指輪には、2つの日付が刻まれている。
 ひとつは籍を入れた日。そしてもうひとつは、付き合い始めた日。
 結婚してるのだから、付き合い始めた日なんてもう関係ないんじゃない、とは思う。実際今の夫と出会うまで、私は記念日を大切にするようなタイプでは全くなかった。
 だけど結婚指輪の刻印を決めるときに、2つの日付を入れたいと言ったのは私の方だ。
 自分が記念日を大切にするようになるなんて、正直思いもしていなかったけれど。

 記憶力はいい方のはずなのに、昔から数字を覚えるのが得意じゃない。歴史の年号も、数学の方程式も、それにあまり大きな声で言えないけど、友達の誕生日も。
 実は夫の誕生日すら、間違いはないか最初の数年はドキドキしていた(さすがに今は、その懸念は無くなったけれど)。
 だから付き合い始めたその日も、実は1ヶ月後には忘れていた。スケジュール帳をひっくり返して、前後の出来事を思い出して、それでようやく「この日だ」とわかるまでには、ちょっとだけ時間がかかった。
 一応弁明しておくと、当時の私は「彼氏ができたこと」に人生で初めて浮かれていて、日付を覚えるということに頭が回っていなかったのだ。

 今まで何人か付き合った人はいた。
 だけど順調に拗らせていた私はいつも「そのうち別れるんだろうな」と思いながら付き合い始めていたし、実際その通りになった。
 付き合い始めた日を記念日にして祝う友人たちは見ていたけれど、私に取ってそれは遠い文化圏での出来事でしかなかったのだ。
 だから、わざわざその日付を覚えるようなこともしていなかった。

 だけど夫だけは違った。なんでかわからないけれど、付き合い始めた時に別れることを考えない人は初めてだった。
 ……浮かれていた自分を振り返って大真面目に書くことは、あまりに恥ずかしいけれど。
 浮かれていたせいで覚えていなかった日付を、ちゃんと覚えようと思った。覚えていたいと、初めて思った。

 指輪の刻印を決める時、「どうせ忘れちゃうんだからここに入れておけばいいんじゃない?」と入れた2つの日付は、本当は絶対忘れない自信がある。
 最初の幸せをもらった日と、最高の幸せをもらった日。
 さすがに数字を覚えるのが苦手と言ったって、きっとこの先ずっと、その2つの数字を忘れることなんてない。

 といっても、別にどちらも何か特別なことをしたりとか、贈り物をしたりとか、そういうことはほとんどしない。休みが合うときに食事に行くことはあるけれど、それだって近くの好きなお店くらいで、豪華なディナー、なんてものでもない。
 ただ日常の中で、ああ、もうすぐだな。とか、ああ、今日だな。とか思ったりするだけ。
 思って、いつも伝える好きとありがとうに「これからもよろしくね」が加わるだけ。

 でも、その「これから」はきっとこの先ずっと続いていくんだろうしーーそのための努力なら惜しまないということだけは、固く決めている。

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