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幼稚園は学力偏重になっているのか?

2020年、日本の小学校において英語とプログラミング教育が全面的に必修化されました。ニュースでの報道を見ながら、「時代だなー」とぼんやりと感じたのを覚えています。(この記事を読まれている教職員の皆様にとっては、一大事だったかと思いますが、、、)社会のグローバル化・ICT化が進み、社会人として必要とされる力が多様化する中で、学校や生徒に求められることが次第に増えてきている、という感覚は多くの人が持っているのではないでしょうか。今回は、1998年から2010年にかけての幼稚園と小学校一年生の環境の変化を定量的に追った、アメリカの研究を紹介します。

結論

1998年から2010年にかけて、アメリカの幼稚園では以下の変化が見られた。
「幼稚園の内に読み書きができるようになるべき」と考える幼稚園の先生の割合が大きく増加している。(31%⇒80%)
算数・リーディングの指導に割かれる時間が増えており、音楽・芸術・ダンス・外国語等の科目に割かれる時間が減っている。
算数・リーディングに関する教科書を使用する幼稚園の割合が倍増した。
体育・休み時間に関しては大きな変化は見られなかった。

小学校一年生でも同様に、算数・リーディングへの比重が増し、相対的に芸術・音楽へ割かれる時間が減少する傾向が見られた。

総じて、一部カリキュラムに違いは見られるものの、幼稚園にて比重が置かれる教育内容が小学校一年生のそれに近づく傾向が見られた。

前提:幼稚園はそもそも何を学ぶ場?

幼稚園は何のために行くのか?」という問いには様々な答えが挙げられるでしょう。例えば、親が日中仕事をしている間子供の面倒を見る、というのも幼稚園の重要な役割の一つです。しかし、それだけではありません。幼稚園は子供の社会性や身体的健康を担保する、重要な教育的な役割も担っています。幼稚園は子供が他の友達と遊ぶことで社会性を学んだり、決まりごとに従うことで自制心を学んだりすることができる貴重な環境なのです。
このように、幼稚園に何かしら教育的効果を期待することは今に始まったことではありませんが、「幼稚園生に何を教えるべきか」という議論は未だに解決されていません。特に、算数・読み書きなど、教科科目の指導にどれほどの時間や比重が置かれるべきかは発達学の専門家の間でも意見が分かれるところです。慎重派の意見としては、教科科目に比重を置きすぎると、社会性や自制心など、長期的に見てより重要な力を身に着けることが難しくなる、という指摘が挙げられます。一方で、学歴化社会が加速し、初等・中等・高等教育全てにおいて生徒に求められる内容が増加する中、幼稚園の段階から教科科目の指導を行う需要が増えているのも事実です。
未だに結論が見えないテーマではありますが、この研究はどちらかの意見を支持する事を目的とはしているのではなく、「実際に現場でどのような変化が生じているのか」ということを調査したものになります。

研究内容

*読みやすさのため、一部要約しています。

ECLS-K*より、1998年・2010年それぞれの公立幼稚園・公立小学校一年生の先生に関するデータを抽出し、比較を行った。各年度につき、おおよそ2500人の幼稚園の先生・3500人の小学校一年生の先生のサンプルが活用された。

*ECLS-K(Early Childhood Longtiduninal Study):アメリカ教育省が1998年から開始した、全国の初等教育機関を対象とした調査。アメリカ全土の幼稚園生・小学生から、20000人前後のサンプルを抽出し、学力・健康・社会経済的状況等に関するデータを集めている。同様に、幼稚園・小学校の先生を対象にした調査を行っている。こうした一斉調査を定期的に行っており、第一回目を1998~1999にかけて、第二回目を2010~2011にかけて実施している。第三回目の調査は2023~2024にかけて実施される予定。

特に、以下の項目について経年比較を行った。
-生徒が幼稚園の間に何を学ぶべきかについての先生の考え
-カリキュラムの中で各教科ごとに割かれている時間
-教室のデザイン・使用教材
-指導方法(例:生徒に各々活動を選ばせる VS. 先生が全体指導を行う)
-算数・リーディングに関する活動の頻度
-体育・休み時間の頻度と時間数

結果

*報告された結果を一部抜粋したものです。

-生徒が幼稚園の間に何を学ぶべきかについての先生の考え:「幼稚園の間に読み書きができるようになるべき」と考える幼稚園の先生の割合が、31%から80%と大幅に増加した。算数についても同様の傾向が見られた。しかし、自制心・社会性等、より伝統的な力が軽視されるようになったわけではない。それどころか、調査の対象とされた全ての学力項目(読み書き・算数・自制心・社会性等々)において、2010年の先生の方が1998の先生に比べて「重要だと思う」と答える傾向が高かった。さらに、読み書き・算数を重要視する先生が増えた2010年度においても、これらの力と比較して従来の自制心・社会性等の力をより重んずる傾向は変わらなかった。
->今までと比べて読み書き・算数を重要視する幼稚園の先生は増えたが、自制心・社会性の力などが軽視されるようになったわけではない。

-カリキュラムの中で各教科ごとに割かれている時間:日常的に何かしら算数に関する指導や活動を行うとする先生の割合が増えた(83%⇒91%)。一方で、音楽・芸術・演劇・ダンス・外国語等に割かれる時間が減少する傾向が見られた。

-指導方法:生徒が自由に活動する時間を一日一時間以上確保している先生が58%から40%に減少した。一方、先生の元での全体活動を一日三時間以上行うという先生が15%から32%に増加した。

-教材に関して:算数・リーディングに関する教科書を活用していると報告した先生の割合が倍増した。

-幼稚園と小学校の違いに関して:算数・リーディングへの時間の使い方に関しては、幼稚園と小学校一年生の差が縮まっている傾向が見られた。しかし、幼稚園の先生の方が社会や音楽に時間を費やす傾向は大きく変化しなかった。

編集後記

こうしたカリキュラムの変化の善悪は不明ですが、「幼稚園により多くのことが求められている」という事実は間違いなさそうですね。高大接続改革の際にも、「高校・中学へのしわよせ」が話題となりましたが、時代が変化するにつれ、国・学年を問わず、教育現場で求められることが少しずつ増えていっているのかもしれません。生徒への負荷・教員への負荷・効果性等、あらゆる要素を加味しながら変化をすることが必要ですね。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Bassok, D., Latham, S., & Rorem, A. (2016). Is Kindergarten the New First Grade? AERA Open, 2(1). https://doi.org/10.1177/2332858415616358

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