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「快適な」学習のために〜認知負荷理論入門

1980年代後半に認知科学の理論を元に提唱され、現在教材開発やUIデザイン等様々な分野で活用されている認知負荷理論。教師にとっても日々の授業改善へのヒントが詰まったこの理論の概要を紹介します。

認知負荷理論(Cognitive Load Theory)とは?

人間が頭の中で一度に処理できる情報量には限界がある!という前提の下、学習時に発生する「認知負荷」に注目した理論。

新しいことを学ぶとき、人の頭の中では何が起こっている?

認知負荷理論では、以下のような人間の頭の中の仕組み(認知アーキテクチャ)を理論の土台としています。

  • 人は目や耳から得た新しい情報を、まず頭の中の「ワーキングメモリ」と呼ばれるスペースに一時的に放り込んで処理し、その後スキーマ(構造化した知識)のかたちで「長期記憶」に貯蔵していく。

  • 「長期記憶」がほぼ無限の容量を持っているのに対して、「ワーキングメモリ」の容量はとても少ない(5〜9個の情報をせいぜい20秒程度保持できるレベル)。

つまり、人が何か新しいことを学ぶ際には多かれ少なかれ必ずこのワーキングメモリの容量を消費することになります。しかしワーキングメモリの容量には上述の通りかなり厳しい制約があるため、この限られた容量をいかに効率的に使用するかが快適な学習を実現するための鍵となります。認知負荷理論はこのことに着目しています。

認知負荷のタイプ

新しいことを学ぶ際にワーキングメモリに対してかかる負荷(「認知負荷」と言います)にはいくつかの種類があります。

  • 課題内在性負荷

学習課題そのものが持っている認知負荷のこと。内容が複雑であればあるほど当然負荷は高くなる。

  • 課題外在性負荷

学習課題とは直接関係のない認知負荷のこと。例えば複雑な指示や見にくいワークシート、刺激の多い学習環境、「失敗したらどうしよう」といった学習とは関係ない学習者自身の余計な考えなども限られたワーキングメモリの容量を消費する要因となり得る。こうした負荷はできる限り減らしていくべきである。

  • 学習関連負荷

知識の構築に役立つ認知負荷のこと。例えば「異なるタイプの問題を混ぜて交互に解く」場合、「同じタイプの問題のみを繰り返し解く」場合よりも認知負荷は高くなるが、同時に学習内容の定着率も高くなる。こうした負荷は基本的に増やしていくべきである。

「課題内在性負荷」は学習課題そのものに紐づいているため、なかなか変化を加えることはできません。しかし工夫次第で本来必要のない「課題外在性負荷」を減らし、学びを促進する「学習関連負荷」を増やしていくことは十分に可能です。(ここに教師の腕の見せ所があると言えるのではないでしょうか!)

外在性認知負荷を減らすためのポイント!

最後に、外在性負荷を減らすためのアイデアとして代表的なものを挙げます。元々認知負荷理論は学習課題をデザインする際に活用されてきた理論ですが、近年では学習者自身や、学習環境との関連性に着目した研究も増えてきています。それぞれのアイデアの土台となっている研究について詳しく知りたい方は元論文の引用文献を参照してください。

A:学習課題に関すること

1.情報源の統合

分散した複数の情報源よりも、統合された一つの情報源から学習する方が認知負荷は低い。下の例だと、文字と図が近い場所に配置されている画像①の方が、文字と図が離れた場所に配置されている画像②よりも認知負荷が低くなる(注意分断効果; Explit-Attention Effect)。

 2. 例題の活用

初心者にとっては自力で一から問題を解くよりも例題(問題を解く手順や最終解が明示されたもの)を用いて学習した方が認知負荷が低くなり、その後の学習効果も高まる(例題効果; Worked-Example Effect)。

3.熟達度に応じた課題設定

初心者にとっては有効な例題の活用だが、既に当該分野に熟達した者にとっては逆に例題が邪魔な情報となり余計な認知負荷を生み出してしまう。学習者の熟達度に応じた課題設定が必要となる(誘導フェーディング効果; Guidance-Fading Effect)。

他にも外在性認知負荷に関わる効果として、目標未設定効果(「角度ABCを求めよ」といった目標のある問いよりも「この図の中からわかる角度を全て計算せよ」のような目標のない問いの方が認知負荷が低くなる)やモダリティ効果(画像やアニメーションに説明を加える場合、文字情報よりも音声情報を使用した方が認知負荷が軽くなる)、冗長効果(余計な情報はかえって認知負荷を高める)などがよく知られています。

B:学習者自身に関すること

1.協働(Collaboration)

複数人で協働することで、個人のワーキングメモリ容量の限界を越えた情報処理が可能となる。

2.ジェスチャー(Gesturing)

指を使って数を数える、といったジェスチャーは本来ワーキングメモリ内でこなさなければならない作業を一時的に肩代わりすることができるため、認知負荷を軽減することに繋がる。

3.動機付け(Motivational Cues)

ワーキングメモリの容量が上限に達したり、課題達成が不可能だと判断した場合、学習者は努力をやめ課題から離脱してしまうことがある。動機づけの工夫を施すことで学習者の努力量を増やし学習成果を高めることができる。

C:学習環境に関すること

1.刺激物の除去(Attention-capturing-stimuli reduction)

教室内の視覚あるいは聴覚に対する刺激物はワーキングメモリの容量を消費する要因となる。

2.目を閉じる(Eye Closure)

目を閉じることで視覚情報の処理が必要なくなるため、認知負荷を下げることができる。

3.ストレス低減のためのアクティビティ導入(Stress-Suppressing Activities)

試験のようなストレスの多くかかる状況において、不安感の強い生徒は特にワーキングメモリの容量を多く消費する。ストレスの低減を促すアクティビティを導入することは認知負荷を軽くするために有効な手段である。

編集後記


日々のワークシートやスライドのレイアウト、課題の提示方法をほんの少し工夫するだけでも生徒の負担を減らすことができそうです。自分の授業を生徒目線で振り返る際のポイントとして活用できる理論だなと思いました!

文責:平田紅梨子

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Paas, F., & van Merriënboer, J. J. G. (2020). Cognitive-Load Theory: Methods to Manage Working Memory Load in the Learning of Complex Tasks. Current Directions in Psychological Science, 29(4), 394–398. https://doi.org/10.1177/0963721420922183

Sweller, J., van Merrienboer, J. J. G., & Paas, F. G. W. C. (1998). Cognitive architecture and instructional design. Educational Psychology Review, 10, 251–296.


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