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「僕にとって〇〇が大切。」学力格差是正につながった簡単な方法

学力格差は日本国内においても深刻な課題ですが、特に経済格差や社会的格差が顕著なアメリカにおいては、解決しなければいけない極めて重要な問題として認識されています。しかし、家庭環境・先生との関係性・予算制約等、あらゆる因子が複雑に絡み合うこの問題を解決する上でどのような取り組みが最も有効なのかを解明することは簡単ではありません。今回はそんな中、実践的、且つ単純な手法が長期的な学力格差是正につながることが実証された研究を紹介します。

キーテーマ

学力格差・価値観

結論

生徒に「自分にとって大切なこと」について記述させる課題が、学力格差の是正につながった。
この効果は長期的(2年間)に見ても観測された。

研究概要

(わかりやすさのため、要約して記載しています)

*この研究は人種間の学力格差を解消することを目的として始まりました。
米国では人種間での学力格差が深刻な社会問題として認識されており、特に白人と黒人の間でその差が顕著であるということが知られています。

同じ学校に通う中学2年生(12歳前後)を対象に、以下の実験が行われた。

  1. 学年全体をランダムに実験群と対照群に分ける。

  2. 実験群には中学2年生の学年度の間、一年を通して3~5回、以下の作文課題が与えられた。
    「自分にとって大切なことや価値観(家族・友達・趣味等)について」

  3. 一方、対照群には中学2年生の学年度の間、実験群と同じタイミングで、中立的な内容に関する作文課題(「自分のモーニングルーティーンについて」等)が与えられた。

  4. 一年後、(中学3年生入学時)の時点で実験群はさらに半分に分けられ、片方のグループ(追加実験群)は中学3年生の学年度も引き続き同様の作文課題が与えられ続けた。もう片方のグループ(非追加実験群)は、中学三年生の間は対照群と同じ課題を与えられた。

  5. 実験が行われた2年間を通して、全生徒の科学・社会・数学・英語の主要教科のGPAがデータとして収集された。加えて、生徒の自己肯定感や学業に関するアンケートが実験期間を通して実施された。

結果、以下の効果が中学3年生終了時に見られた。

1. 実験群における人種間の学力格差が対照群と比べて相対的に小さくなった。
2. 特に、元々成績が低かった黒人の学生にとって課題の効果が最も大きかった。一方、白人の学生や元々成績が高かった黒人の学生にとっては、課題の効果は相対的に小さかった。
3. 追加実験群と非追加実験群の間で、課題の効果の差は見られなかった。そのため、長期的に課題を継続せずとも、一定の効果が期待できることがわかった。

さらに、同様の傾向は実験終了の2年後にも観測され、この取り組みが長期的な効果をもたらすことがわかった。

考察:なぜ学力格差が縮まったのか?

学年内での底上げ、というまさに理想的な形で学力格差の是正が示された実験結果となりましたが、いったいなぜこのような効果が見られたのでしょうか?
実験と並行して行われた、生徒の自分自身の学力に関するアンケートにヒントがあると作者たちは述べます。

アンケート結果を見ると、実験群に与えられた課題(自分の大切な価値観に関する作文)は実験初期における勉強でのつまづきと自分自身の能力や将来成功との関係性の認知を弱めていたことがわかりました。

端的に言うと、実験群の生徒は実験初期で仮に失敗をしてしまったとしても、自分の力を過小評価することはなかった一方で、対照群の生徒はこうした失敗によって自信を失ってしまう傾向が見られたのです。

負のスパイラル

作者たちは、対照群のこうした自己認識(失敗後に自分の評価を下げてしまう傾向)がその後のパフォーマンスにも悪い影響を与え、結果的に実際の成績を下げてしまっているのではないかと考察しています。
こうして成績が下がると生徒の自己認識はさらに下がってしまうため、さらに成績が悪化する、という悪循環に陥ってしまいます。

逆に言うと、スタート地点で瞬間的なつまずきと長期的な学力成果を切り離して考えることができれば、良い循環に乗ることができ、成績向上につながることが期待できます。
「自分にとって大切なこと」について書く課題は、生徒の自己肯定感を向上させたりストレスを解消する効果をもたらすことでこうしたプラスの循環をもたらすと考えられるのです。

負のスパイラルを断つことで長期的効果へ

追加実験群と非追加実験群を比較した時、効果に差が見られなかったことを踏まえても、この課題は短期的な効果だけではなく、その後の学力推移の軌道自体に影響を与えることが考えられます。

まとめ

自分にとって大切なことを一年間にわたって書き続ける課題に取り組むことで、学年内での学力格差が是正された。
この課題は生徒の学力に関する自己評価に影響を与えたと考えられており、長期的にも効果が確認された。

留意点

あくまで格差が是正されたことが確認されたということで、完全に学力格差が解消された結果ではありません。
人種や社会格差に関する認識が生徒の間でも強い米国での実験となるので、他国では異なる結果が生じる可能性があります。
エビデンスレベル:対照実験

編集後記

こうした介入が学力に直接的な効果をもたらすことが確認された非常に貴重なケースだと思います。介入自体も比較的短期間、且つ実践的な内容となっているので、是非現場にも広まってほしい内容だと感じました。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Cohen, G. L., Garcia, J., Apfel, N., & Master, A. (2006). Reducing the Racial Achievement Gap: A Social-Psychological Intervention. Science, 313(5791), 1307–1310. https://doi.org/10.1126/science.1128317

Cohen, G. L., Garcia, J., Purdie-Vaughns, V., Apfel, N., & Brzustoski, P. (2009). Recursive processes in self-affirmation: Intervening to close the minority achievement gap. Science, 324(5925), 400–403. https://doi.org/10.1126/science.1170769




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