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生徒のモチベーションについて考えるときに私たちが知っておくべきこと

「今日はモチベーションが高い」「モチベーションが上がらなくて、仕事がはかどらない」等、「モチベーション」という言葉は私たちの日常に深く浸透しています。特に、生徒のモチベーションをどう上げることができるのか、ということはどの分野・業界にせよ、指導者に取っては永遠のテーマであるといえるかもしれません。何気なく使われているモチベーションという概念ですが、学問的にはそれはどのように定義され、その定義から実際の教員や指導者は何を学ぶことができるのでしょうか?今回は近代におけるモチベーション研究の先駆者である、Ryan & Deciによる文献レビューを紹介します。


キーテーマ

モチベーション・内発的モチベーション・外発的モチベーション・文献レビュー

結論

①モチベーションは内発的モチベーション外発的モチベーションの二つに大きく分類することができる。

②外発的モチベーションはさらに、当事者が感じている自律感によって細分化することができる。

③当事者の自己効力感と帰属意識を高めることで、自律感を高めることができる。

モチベーションとは?内発的モチベーションと外発的モチベーション

「チームのモチベーションを高める」「朝から〇〇ちゃんに声をかけられてモチベーションが上がった」ー私たちの日常会話では、「モチベーション」という言葉は一般的に「やる気」と同義の言葉として使われることが多いですよね。
実は認知科学・心理学の分野では「モチベーション」という言葉はもう少し広義な意味を持っており、「人が目的に向かう行動を促す力」を指します。
この広義の意味での「モチベーション」は、「内発的モチベーション」と「外発的モチベーション」の二つに分類することができます。


外発的モチベーション
外的要因によって行動が促されること。
例:痩せるためにジョギングをする。給料を得るために仕事をする。先生に叱られないように宿題をする。

内発的モチベーション
外的要因の影響ではなく、自分の内なる感情や価値観によって行動が促されること。
例:週末に趣味のジョギングを楽しむ。平安時代の貴族の生活に関心があり、源氏物語を読む。

こうしてみると、日常会話で使う「モチベーション」という言葉の意味に比べて、「外発的モチベーション」と「内発的モチベーション」はより広い意味を持っていることがわかります。
例えば、日常会話においては、「先生に怒られたからモチベーションが上がった。怖いから勉強しよう」という文章は違和感がありますよね。「モチベーション」≒「やる気」という通常の意味付けと異なるからです。
一方、学問的にはこの文章は立派に成立します。先生に怒られることで、モチベーション(この場合は外発的)が高まり、勉強という行動が促された、といえるのです。

先生に怒られたからモチベーションが上がった。

教育における内発的モチベーションと外発的モチベーション

一般的に、(教育の分野に限らず)外発的ではなく内発的モチベーションを原動力として行動する方が好ましいとされています。
「叱られるのが怖いからいやいや勉強する」「ご褒美にケーキを買ってもらいたいから勉強する」「数学が楽しいと思って勉強する」・・・どの状態が望ましいかは感覚的に明らかですよね。

この感覚は研究においても実証されており、内発的モチベーションを原動力として勉強する生徒は外発的モチベーションによって勉強する生徒に比べて高い創造性や学習成果を示すことが約50年近くにわたっての実験や研究によって示されています。

内発的モチベーションを原動力として勉強する生徒は外発的モチベーションによって勉強する生徒に比べて高い創造性や学習成果を示す

とはいえ・・・

ここまで読んでいただいた中で、「内発的モチベーションをもとに生徒に勉強してもらうことが理想とはいうものの、それは果たして現実的なのか?」という疑問を抱いた方もいるのではないでしょうか。
この指摘は極めて鋭く、現に本レビューの著者のRyan & Deciも「現状の教育システムにおいては、生徒が学ぶべきとされている学習内容の多くは内発的モチベーションを高められるようデザインされていない」と述べています。
人によって興味関心はそもそも違いますし、まして漢字の書き取りや九九、化学式や古典漢文など、生徒からすると何に役立つのかがわかりにくい内容に関して内発的モチベーションを持ってもらうことを期待することはあまり現実的ではないさそうですよね。

内発的モチベーションで勉強してもらえればそれ以上のことはないのですが、それが必ずしも現実的ではない中で、私たちはどうすればいいのでしょうか?
ここで著者は、必ずしも外発的モチベーションを動機として学ぶことは悪いことではない、と指摘します。
具体的には、外発的モチベーションにも様々な種類があることを指摘し、自律感が高まっている状態での外発的モチベーションによる学習であれば、十分効果的な学習成果が期待できると述べているのです。

外発的モチベーションの分類:自律感との関係性

外発的モチベーションはそのモチベーションの背景にある自律感(autonomy)の度合いに応じて4つに分類することができます。
ここでいう自律感とは、当事者(生徒)が自分で自身の行動を制御できていると感じる程度のことを指します。
それでは、4つの分類を見ていきましょう。

外発的モチベーションの4つの分類
  1. 外的制御(external regulation)
    外部から提供される報酬を得たり、他者からの要求に応えるために行動を起こしている状態。
    例:部活動で先生に怒られ、いやいやながら走り込みをする。

  2. 無意識的制御(introjected regulation)
    周囲からのプレッシャーによる罪悪感や不安から身を守るため、もしくは自身のプライドを守るために行動を起こしている状態。
    例:周囲からの目線が気になり、ダイエットのために走り込みをする。

  3. 外的価値の理解(identification)
    その行動の価値を理解したうえで、自分のものとし、行動を起こしている状態。
    例:自分の健康のために良いと理解したうえで、毎日走り込みをする。

  4. 外的価値感と自己の価値観との統合(integrated regulation)
    内省・自己観察を通して、その行動の背景にある価値観と自己の価値観を完全に統合できている状態。この状態においては、本人は外的要因によって制御されているという感覚はなく、自ら選択して行動していると感じている。
    例:将来マラソンランナーになるという夢をかなえるために、毎日走り込みをする。

①の状態が最も自律感が低く、④の状態が最も高いと言えます。
一見すると④と内発的モチベーションは一緒ではないか?と感じてしまうかもしれませんが、④においてはあくまで対象となる行動は手段であり、目的ではありません。(あくまでマラソンランナーになることが目的であり、物理の勉強はその手段である)
その行動そのものに本質的に魅力を感じているわけではないものの、自身の価値観の実現のために必要なものだと理解し、自ら進んで行動を取っている状態です。

この分類に関しても実際に実証実験が行われており、学びの外的価値を理解・統合している生徒(③、④の状態)ほど、そうでない生徒に比べて学習に対する努力・関心・喜びを示すということがわかっています。

自律感を高めるために

自律感の高さによって外発的モチベーションの分類は分けられている

ここまでくると、生徒の自律感を高め、行動の価値を内面化するためにはどうすればいいのか?という問いが残ります。
内発的モチベーションにより学びを促すことができなくとも、自律感を高めることで学びへの関心を高めることができるのですから。

ここで著者は、自律感を高めるための二つの要素として、周囲への帰属意識と自己効力感という二つの要素をあげています。

周囲への帰属意識:
私たちが新しい行動の価値を理解し、自己の価値観と統合しようと思う最たる理由は、私たちが近しく思っている人々にその行動の価値が認められていることです。
簡単に言うと、自分が大切に思っている人たちに価値が認められている行動は自分も自ら価値を見出そうとしがち、ということですね。
例えば、「勉強は大切だ」という価値観は生まれながらにして持っているものではなく、自分が大切に思う周囲のコミュニティ(家族・学校等)から学んでいくものだとい言えます。
この条件を満たすためには、そもそも当事者(生徒)が価値観を共有できるコミュニティ・文化が周囲に存在することが必要条件となります。
家族・友達・クラス等、このコミュニティは様々な形を取りえますが、生徒がそのコミュニティにおいて帰属意識を持てているということは、行動価値の内的化の必要条件であるといえます。

自己効力感:
とある行動の価値を内面化しようと思うためには、その行動を取りうるための能力を自身がそもそも持ち合わせている、という意識が必要となります。
例えば、泳げない人にトライアスロンの素晴らしさを周囲が説いたとしても、トライアスロンをしようとはならないですよね。
競技としての価値は理解したとしても、自身がそれを行動に移そうとはならないはずです。
このように、行動の内面化・自律感の担保のためには、当事者にその行動に対する自己効力感があることが必要条件となります。

生徒の自己効力感を高める・クラスでの安心感や帰属意識を高めるという行為は生徒の自律感を高め、外発的モチベーションの内面化を促す上で非常に重要な役割を担っているといえるでしょう。

自律感を高めるための二つの要素

この研究について

アメリカ・日本・ヨーロッパ等、世界各国の研究をまとめた文献レビューとなります。

エビデンスレベル:メタアナリシス

編集後記

”From birth onward, humans, in their healthiest states, are active, inquisitive, curious, and playful creatures, displaying a ubiquitous readiness to learn and explore, and they do not require extraneous incentives to do so.”

「人間は本来活発、好奇心旺盛、そして遊び心あふれる生き物である。健康状態が保たれている人間は自ら進んで学び探索し、そのために外部からの報酬やインセンティブは必要としない」(意訳:山根)

(Deci & Ryan, 2000)

この論文を読んでいて最も印象深かった一節です。年齢にかかわらず、人間が元来持ち合わせている好奇心や遊び心が存分に発揮されるような世の中に社会として近づいていきたいですね。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Intrinsic and Extrinsic Motivations: Classic Definitions and New Directions. Contemporary Educational Psychology, 25(1), 54–67. https://doi.org/10.1006/ceps.1999.1020

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