幸せの形
眠っている理恵子。
このまま目覚めない方が幸せかい?
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「理恵子、起きてるか。朝だぞ」
「起きてますよ」
「今日は暖かいな」
「もう春ですね」
カーテンを開ける。
ベッドの背もたれをほぼ90°に起こしてやる。足をベッドサイドに下ろしてやれば、自力で座っていることはできる。リウマチで固まってしまった両腕は老いた木に絡まった蔦のようだ。
「トイレ行くか」
「はい」
軽い理恵子をおんぶして連れていく。紙パンツを下ろして便座に座らせる。
扉を閉めて待つ。
ジョロジョロジョロ。
「終わりました」
扉を開けると少し恥ずかしそうに理恵子がニッコリ笑う。
理恵子。
「さ。行こうか」
私と理恵子は2人のアルバムだけを持って長く住み慣れた家を後にする。
2人で過ごした真実の日々は忘れない。
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2☓☓☓年。私は今年75歳になる。妻の理恵子は71歳。私と理恵子は50年前の春に結婚した。子供は授からなかった。私は理恵子がいてくれればそれで充分だった。理恵子もどうしても子供が欲しいと言ったことはない。
「自然の成り行きでいいじゃないの」
と理恵子は言う。
理恵子が50歳を過ぎた頃リウマチが発症した。リウマチは難病だったが新薬が出来て多くの人が進行せずに快復していた。なので、理恵子も当然快復するものだと思っていた。でも理恵子の身体は薬を受け付けなかった。副作用で吐き気、めまいが絶えず起こる。理恵子は薬を拒否した。
「私は自然のままでいいわ。幸一さんには迷惑かけます」
私は、65歳で仕事を早期退職して理恵子の介護に専念した。理恵子のリウマチは、急激に悪くならずゆっくりと進行したが歩くのが困難になってしまったからだ。
そして、10年。
理恵子と1日中一緒にいられることが楽しかった。理恵子の笑顔は私を照らしてくれる明かり。理恵子がいてくれれば自分が存在していることを実感できた。だが、私も老いぼれた。理恵子の身体もそろそろ限界か。
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私と理恵子の向かった場所は最新の介護施設。
巨大な白い箱。自動扉を入ると白衣の女性がすでに待っていた。
「こちらです」
私は理恵子の車椅子を押してさらに奥へ。そこには透明のカプセルに無数の老人たちが眠っていた。1人用カプセル。2人用カプセル。
「こちらのカプセルで横になって下さい」
私は理恵子を抱き上げ先に寝かせてやる。その横に私が並ぶ。頭に何か装着される。
「最初少しピリピリしますが、すぐに気にならなくなります。では楽しい余生をお過ごしください。おやすみなさい」
カプセルが閉じられた。私は理恵子を見る。理恵子は私を見ていつものように笑う。ゆっくり瞼が閉じていく。
「幸一さん。ご飯できましたよ。起きてくださいよ」
「今日は暖かいな」
「もう春ですね」
「そろそろ金婚式だな」
「早かったですね。50年。幸せにしてくれてありがとう」
「これからも一緒に元気で生きていこうな」
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「ご希望の日は?」
「2☓☓☓年、3月9日です」
「セット完了しました」
「棺に入れるものは?」
「アルバムだけです」
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ふくりとさんの作品を参考に創作しました。
うちの母が1番頼りにしてた叔父と叔母を蘇り\(^o^)/させてみました。