超短編ゴシック「ディベート番組」

 魔女はいるのか。このテーマにおいて、オカルト研究家の小池昭典と否定派の橋本浩介は、テレビ番組で討論することになった。
「魔女はね、いるんですよ。何故かと言いますとね、たくさん動画が出てるんですよ。探せば、たくさんね」
 小池が言うと、
「私もその動画見ましたよ。全部、作り物ですから」
 橋本は余裕たっぷりだ。
「なんなら、証拠を見せましょうか?」
 挑戦的な小池に、橋本はにこりと笑って、
「うん。見せてみなさいよ」
 と、やはり余裕の表情。
 小池は、足元のカバンから瓶を取り出した。中には目玉が入っている。ホルマリン漬けの目玉だ。
「これはね、山羊の目玉なんですけどね……」
「山羊かよ!」
 橋本のツッコミにスタジオは大爆笑だ。
「いや、山羊なんですけどね……」
「ちゃんとした証拠を出しなさいよ!」
 橋本の挑発に小池は震える手をカバンに突っ込んで、そして出したものは手首だった。骨と皮だけの、まるで老人の右手首。
「魔女を目撃したフィギュアを作っている人がね」
 スタジオはくすくす笑い出す。橋本もにたにた笑いながら頭を抱えている。
「……魔女の手首を再現して作ってもらったんですよ」
 スタジオの誰もが小池の存在に困りだした。そして、橋本は言う。
「小池さん、あなたはどうしたいの?」
 橋本の問いに、
「私はね、本当に見たんです。子どもの時に一度だけ。その存在が忘れられなくて、今こうして必死に追っているんです。彼女の存在を」
 小池はそう答えた。
「その魔女はどういった女性だったんですか?」
 小池の真剣な表情が橋本の心を打ったのか、急に橋本は親身に対応し始めた。
「非常に綺麗でした。どの女性よりも芸能人なんかよりも、とてもとても綺麗で。私はその女性を忘れられないのです。離婚には至りましたが、結婚もして子どももできました。ですが、いつもあの人は私を捕えて放さない」
 小池は涙を浮かべていた。
「それは、初恋というものでしょう。逆に、それが魔女の呪いというものなのでしょう。美貌の女性。その人が、子どものあなたには魔女に見えたのでしょう」
 橋本の言葉にスタジオは拍手に包まれた。
 だが、小池の両目がどこか遠くを見ている。明らかに様子がおかしいのだ。
「黒くて長いストレートヘアー。青い目と白い肌のすらりとした体……ああ、そうだ……私はあの時、彼女と契約した……」
 小池は呆然として語り出した。
「小池さん、どうしましたか?」
 橋本が少し怖がった様子で小池に訊くが、小池は答えない。代わりに、虚空を見上げてぼうっとしている。
「……ああ、そうだ……あの人はこう言った。『私と契約するのなら、君の欲望を叶えてあげる』と。私はあの時、まだ十一歳だったが、性に目覚め始めていて……そう、生贄を差し出さなければ……また、あの人とセックスするのだ」
 破裂音が鳴り響いた。照明全てが砕け散り暗闇となった。悲鳴が飛び交う中、苦しむ男のうなり声と小池の言葉はスタジオに響く。
「『時が満ち、お前が大人になったとき、私に男を差し出せ。私の美貌の源は男の性だからな』。それがあの時交わした契約……」
 予備ライトが点けられたとき、小池が橋本の首を両手で掴んで橋本の体を持ち上げているのをスタジオ中の誰もが見た。橋本はもう苦しんではいなかった。なぜなら、橋本の首は左向きにへし折れていたからだ。
「あなたの元へ連れて行ってください。この者の魂は、あなたの永遠の性となるでしょう」
 次の瞬間、小池と橋本の亡骸は消えた。

 テレビ局は、この映像を警察に届け出た。警察は小池と橋本の捜索を開始したが、すぐに打ち切られた。
 小池と橋本の行方は分からないままだ。 

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