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故郷

 大学に入って9年目の秋が来た。今の住処には1年目の冬、引っ越してきたので、今度の冬で8年住んでいるということになる。四捨五入すれば10年、随分と長く一所に留まっているなあと思う。

 転勤族でこそなかったが、家庭事情で転居が多かったため私は土地に対する愛憎がとても薄い。帰省する実家が無いため「帰省」がよく分からない。親戚宅へ居候していた時期の影響か、血縁者は苦手だ。

 「帰る」が分からない。
 「帰る場所」が分からない。
 「帰りたい場所」はもっと分からない。

 親切な人たちは、彼らは善良でとてもとても親切なのだけれど、度々こう言ってくるのだ。
「ここを地元と思っていいんだよ」
「好きな場所をふるさとにしていいんだよ」
彼らは本当に親切で、でも貴方たちは何も分かっていない、と思う。

 どこにおいても私は異物であったから、「土地」と自分を結びつけることがなかなかできないのだ。

 なので、私は自分の所属する団体に依存している。具体的には、現在は「学生」という身分に縋って生きている。ある程度は安定しているが、修業年限というものがあり、次の所属団体(就職先)に移るためには自分が価値のあるものだということを継続して示さねばならぬので結局は不安定だ。

 私は「地元」「ふるさと」というものに大きな幻想を抱いているのだと思うが、それはそれとして「地元」トーク、「帰省」トークというものは雑談で出がちな話題であり、単純にものすごく不便である。転勤族ではなかったので「転勤族だったので」で逃げるのにもかなり不自然な間があく。ものすごく話が上手であれば違う方向に持っていけるのだが、場を凍らせたことが何回かあって大変困っている。

「帰りたい場所」が分からない。
たぶん、これからも分からないのではないか、と思う。

ただ、少し先にある所属団体の移行が上手くいけばいいな、と願っている。
そして、次の住処が「落ち着ける場所」であるといいな、と思う。