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Tokyo City

10
探し物はもういいや 10編
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記事一覧

東京

『東京。東京。お降りの際に足もとにご注意下さい』
 僕はその瞬間記憶を無くした。というより、元から記憶なんて無かったのだと思う。肥えたサラリーマンが不満気に、立ち尽くす僕を避けて階段へ向かった。どうして東京駅にいるのか分からない。ただ、ここに来ないといけない理由があったと思う。電車は次の駅へと向かった。質量が動いて生まれた風に吹かれて一歩だけ前に踏み出した。すると目の前に白いワンピースを着た女性が

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秋葉原

『秋葉原、秋葉原。お降りの際は足元にご注意ください』
 私はある男と会う約束をしていたが、飼っていたカメの甲羅を干しているとすっかり夜になってしまっていた。カメは臭いにおいをまき散らしながら幸せそうな顔をしていた。名前は特に付けていない。ある男は、私を宗教家にして、お金を儲けようと企んでいるという。私は特に宗教を使ったお金を得る行為には興味はない。そもそもお金に興味が無い気がする。街には昨今の高度

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上野

『上野、上野。お降りの際は足元にご注意ください』
 降立った上野は焼け野原でした。零戦が空を飛び、空襲警報のサイレンが鳴り響き、頭から血を流した母親の何か抱える腕からは、服なのか皮膚なのか最早区別のつかない黒くただれたものが見えます。東京文化会館は向かって右上の屋上が既に崩壊していて、演奏会のポスターやチラシが風で吹き飛んでいます。けたたましく爆撃音とサイレンの音が重なり、大惨事です。
「パンダは

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巣鴨

『巣鴨。巣鴨。お降りの際、足もとにご注意下さい』
「なんでハーって吐く息は暖かくて、フーて吐く息は冷たいの?」
 女子高生。男子中学生。その他。色んな時代を経た大人の産んだ子は二つの本棚に行き着く。
「こっちはお父さんの本棚で、こっちはお母さんの本棚」
 三階の窓から見える駅には制服姿の青少年らがいます。いつの間にか私の制服を違う誰かが着ている。そう母は思っています。父はまだ帰ってきません。遅くま

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池袋

『池袋。池袋。お降りの際、足もとにお気を付け下さい』
 朝五時にもかかわらず、公園では叫び声が聞こえ、酔狂な若者らが噴水で泳いでいる街で、昏睡状態の女性がいる。彼女の自室には、許嫁が仕事が終わると現われ、(また寝ている)、と確認しにくる。許嫁は木製のチェアにうなだれながら、美しく息をする彼女に今夜も見とれ、うな垂れた。数年前、医者からは、「彼女は、街と均衡を保っている。街が眠らないと彼女は起きられ

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原宿

『原宿。原宿。お降りの際、足もとにお気を付け下さい』
 有名なピアニストの演奏を聴いて以来、駿河は街中から音楽が溢れんばかりに聴こえてくる錯覚に陥った。なるほど、知覚過敏か、とはじめは特に気に留めなかったが、段々うるさくて仕方なくなってきた。駿河は静かであろう神宮の方に向かったが、木の下でもやはりピアノの音が聞こえてくるのでうんざりした。人だかりが出来ていたのでそこにいたくたびれたつなぎ姿のおじさ

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渋谷

『渋谷。渋谷。お降りの際、足もとにお気を付け下さい』

「だから、今の世の中には、教育制度の抜本的な見直しと!グローバルな視点で世界の先を行く、経済政策が必要なのです!どうか、どうか私に清き一票を!現行の与党の、都会の公務員だけが得をする知性主義的な社会を変えるためには、皆様のお力添えが必要なのです!ああ、ありがとう、ありがとう!」
 彼は一人、スクランブル交差点で演説をしていた。ハイエースの天井

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目黒

『目黒。目黒。お降りの際に足もとにお気を付け下さい』
 私の好きな人は、駅から歩いて数分の場所にあるライブハウスで二週に一度ライブを行っていたらしい三ピースバンドのギターボーカルの男。目にかかるくらい長い無造作な髪で、一八五センチくらいで色白であからさまに売れないミュージシャン。作詞と作曲も彼が行っている。私と彼が出会ったのは高校生の頃。東京の大学を受験しようと訪れたが、田舎者の私は十年に一度の豪

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田町

『田町。田町。お降りの際足もとにご注意下さい』
 床屋には色々な人が来るが、皆均一に髪を切ってくれとお願いをする。忠司は、父の創業した床屋の二代目だが、散らばった客の髪を箒で掃きながら考える。どうして髪は生え続けるのか。忠司の父は「髪は老廃物でできているんだ」と教えた。人間生きているといらないものも取り込んでしまうらしい。それを髪に送るので、アルミニウムなどが配合された髪の毛はとても丈夫ないらない

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東京

『東京。東京。お降りの際に足もとにご注意下さい』
 僕はその瞬間記憶を無くした。というより、元から記憶なんて無かったのだと思う。あるのは、眼前の風景だけで、この身体のうちには優しいものも悲しいものもなんにも無い。肥えたサラリーマンが不満気に、立ち尽くす僕を避けて階段へと向かった。どうして東京駅にいるのかも分からない。ただ、ここに来ないといけない理由があったと思う。電車が次の駅へと向かった。質量が動

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