映画メモ:「ワナジャ」 リアルなのに芸術的なインドの田舎風景

インドの映画をみたのだけど、ダンスがとてもきれいだった。
そんなおすすめをもらったのがこの映画を見るきっかけでした。

見る前から薄々気づいていたのですが、やはりと思ったのは、これがいわゆる「インド映画」「ボリウッド作品」ではなく、「インド」を描いた映画だということ。監督はインド人、全編タミル語で、キャストもオールローカルではあるものの、コロンビア大学の修士論文として提出されたこの作品は、インドの暗い部分に問いを投げかけるジャーナリズム的側面と失われつつある伝統舞踊など古き良きインドを広めるという側面の強い、どちらかといえば西洋スタイルの作品です。この違いは、インド映画に馴染みのない人には何のことやらという感じかもしれないけど、わかる人にはわかって頂けると思います。実際にインド国外で高い評価を受けていますが、インドでは公開されていないようですし(キャストインタビュー時点)、一部の都市エリートを除いて、大多数には受け入れられないのかなと思います。

しかし、この映画のインドは、「インド映画」よりもずっとリアルだと私は思います。もちろん、インドといってもムンバイやバンガロール、いくつかの都市部はこの映画の風景と全く異なる世界ですが、大多数の田舎ではまだまだカースト制度の考え方が残り、上の位の力は圧倒的で、政治、警察など、多くを実質的に動かしているものと思います。また、制度として学校教育が整えられていても、ワナジャのように何かをきっかけに教育を諦めて、働きにでなくてはならなくなる子供たちもたくさんいるのでしょう。これはインドに限ったことではありませんが、頼れる存在であるはずの親が、何かをきっかけに職を失い、アルコール中毒で救いようのない子供の足かせになる姿は、本当に悲しいです。そして無防備な少女に襲いかかるのは性暴力。明るみになりにくいだけに闇が深そうです。

ただ、この映画の素晴らしいところは、全てを真っ暗にしないっところです。素晴らしい舞踊はもちろんのこと、親友が聖職者の娘であり、何かと助けてくれたり、働きにでた先の女主さんはぶっきらぼうで厳しいように見えますが、実はワナジャ思いだったりします。身分という一線は絶対に越えさせないけど、母親のいない少女の安全を心配し、限られた中ではあるものの自由を与え、成長を見守っています。これは数少ない私の経験からなので間違っているかもしれませんが、カースト制は奴隷制とは少し違うと思っています。食べるもの、着るもの、寝る場所、結婚相手、これら全ては位に結びついているので、下の位の人は決して上の人と同列に扱われることはありません。しかし、上の者が、下の者を一度使用人として向かい入れたからには主人は衣食住を与え、よく目をかけて保護していくという文化がある気がします。

今、インドの現代化は、都市から地方都市、そして農村地帯へと急速に広がっています。都市へ出稼ぎに出る若者も多く、上位層を中心に海外留学も盛んです。インタビューで監督も言っていましたが、伝統舞踊を楽しんでいた人はテレビにシフトしていき、舞踊だけでは食べていけず、伝統が継承されずなくなっていきます。数年以内には全土を網羅する国道ができ、鉄道も整えられ、チェーン展開の店も広がっていくでしょう。

一方、人々の価値観はゆっくり変わっていきます。日本は工業化・現代化して、西洋の仕組みをたくさん取り入れて発展しましたが、にもかかわらず、ジェンダー、年功序列、日本独特の精神文化は多く残っていると思います。その考え方が良い悪いは、いったん置いておいて、インドの背景を少なからず理解しておくのは、インド、そしてインド人と関わる上で大切ですよね。

最後に、この映画は暗い部分にも光を当てていますが、見ていて嫌な気分にはなりません。何より、少女の直向きな姿と、ダンスが本当に美しく、芸術的にまとめられているので、見て損はない作品かと思います。

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