見出し画像

『 I Guess Nothing Will Be The Same 』/ Liss

もしあなたがインディソウルやエレクトロニックミュージック、シンセポップやインディロックなどの音楽のどれにも抵抗がなく、むしろどれも好んで聴くタイプの音楽好きであれば、ぜひ手に取って聴いてみてほしいアルバムがある。デンマークの4人組バンド、Lissのファーストアルバム『 I Guess Nothing Will Be The Same 』という作品だ。アルバムは昨年の6月にリリースされていて、このnote内でも2022年度の年間ベストの記事などをはじめ何度かLissについて触れていたし、既にサブスクで聴いている方ももちろんいるだろうと思う。リリースから約1年経った今年の夏、ついに彼らのアルバムのLPがやっと日本にも流通されるようになった。このタイミングで、もういちどLissのことをどうしても紹介しておきたい。

IceageやFirst Hate、そして最近NewJeans界隈で話題となっているSmerzなど、音楽シーンの最先端アーティストを今もなお輩出し続けるコペンハーゲンのレーベル、ESCHOからLissのファーストシングル「Try」がリリースされたのが2015年のこと。その時メンバーはまだ全員10代だったにも関わらず、はじめからすでに完成されているというか、洗練されたポップセンスとインディ特有の瑞々しさが自然と混じりあっていて、一度聴いたら夢中になってしまう、非常に存在感のあるバンドが登場したので、当時はかなり驚いた。


このシングルのリリース直後にUKの超名門XL Recordingsと契約を交わし、翌2016年に『First EP』をリリース。どれも甲乙つけ難く素晴らしい完成度の4曲を収録し、バンドとしてこれ以上のないスタートを切った彼ら。しかしその後はなぜかレーベルとの契約が続かなかったようで、しばらく音沙汰がないまま3年が経ち、2019年あたりからデジタルで再びコンスタントに新曲を発表し続けていて、翌年のパンデミックに突入してもなお新しいEPを制作、発表するなど、精力的に活動を続けていた。

コロナ禍にリモートでおこなったホームセッションの動画でのDua Lipaのカヴァー。他にPrinceやThe Weekendなどもあり、原曲と聴き比べると彼らの多才なアレンジと表現力の豊かさが見てとれる。


2020年に配信リリースされたEP『Third』はこれまで培ってきたLissのさまざまな性質を磨き上げ、ソウルもエレクトロニックもインディロックも惜しみなく取り入れたメロウな5曲が詰め込まれていて、そのクオリティの高さに正直かなり驚いた。あれだけの期待を背負ってデビューしてからもう5年も経っているのに、まったく衰えないどころか進化を続ける彼らはやはり本物だ。これはそろそろ待望のアルバムが出るのではないか?と期待していた。しかし2021年5月にロンドンのSSWのJonesをフューチャーした曲と、同じくUKのBullionをプロデューサーに迎えた「Precious/Leave Me on the Floor」の2曲入りシングルをデジタルリリースした直後に、信じがたい悲劇が起こる。ヴォーカルのSøren Holmが享年25歳の若さで亡くなってしまったのだ。自死だった。そこからおよそ1年の空白があり、2022年4月、バンドの公式インスタグラムにて、Sørenは数年前から精神的に悩んでいたこと、7年前から4人でデビューアルバムを制作するために長年取り組んできたこと、Sørenが亡くなる直前の春に実はアルバムを完成させていたこと、残されたメンバーたちは深く傷つき悩んだ末に、Sørenの家族の祝福と励ましにより、念願のファーストアルバムをリリースすると決めたことを発表した。

2022年6月にESCHOからリリースされた『 I Guess Nothing Will Be The Same 』は、そのような経緯があったうえでの重要なアルバムだった。わたしはそのニュースにまったく気づかないまま過ごし、1年後の待望のファーストアルバムの発売の情報と同時に訃報を知り、あまりの出来事に心底ショックを受けた。あとから調べても彼の死は日本ではほとんど報道されなかったようだし、それどころかアルバムのレコードすらいつまで経っても日本には入ってこなかったことも悔しかった。送料さえかければ海外のサイトから自分のための1枚のみを通販するのはたやすいことで、何度も迷ったけれど、サブスクで聴くたびにこの素晴らしいアルバムを日本のレコード屋で普通に買える日がいつか来るはずだとひたすら信じて待っていた。彼らは世界中の人々に自分達の音楽を届けることをずっと夢見て、何年もかけてこの作品を完成させ、さらに複雑な思いを抱えたうえで今回の発売を決めたはずだ。今まで好きだった人にもこれから出会う人にとっても、そして彼らにとっても、4人のメンバーで制作した最初で最後の、たった1枚のアルバムになる。あらゆる国のレコード屋に並べられ、手に取られ、聴かれるべき特別なアルバムだ。その日を待ち続けた甲斐あって、1年越しのこの夏、ついに日本で手に入れることができた。こんなに1枚のレコードのことを1年間考え、探し続けたのは、もしかすると初めてかもしれない。

『 I Guess Nothing Will Be The Same 』のジャケットの写真は4人がそれぞれの腕にお揃いの「LISS」のタトゥーを入れた日のスナップで、収録された曲のほとんどは、Sørenがロックダウン中に移住した西ユトランドの農場と、南フェン島のサマーハウスにて制作された。それまでリリースしたシングルやEPからの曲はいっさい入れずに、11曲すべてがアルバム用に作られた曲で構成されている。「Boys In Movies」で唯一ゲストとして参加しているNilüfer Yanya は、彼女の昨年のアルバム『Painless』のプロデュースを担当したBullionとの繋がりからだろうか。1曲目の「Country Fuckboy」は都会を離れ、農場で暮らし始めた自分について嘲笑うSørenが思いついた愛すべき言葉で、それ以外にも愛や孤独や別れを意味する切実な曲が大半を占めている。しかし不思議とそれほど湿っぽくならないのは、先述の『Third-EP』以上の力をふるった緻密なアレンジの数々と、彼らのポップセンスの賜物である。加えてなんといってもバンドの核であり、類似するインディバンドと明らかに違うのは、天性の才能を持ったSørenのあの艶やかなヴォーカルだろう。Lissのすべての楽曲に魂を吹き込むのは彼の歌声に他ならないし、改めて無くてはならない存在だと感じた。

残されたドラムのTobias Laust Hansen、ギターのVilhelm Tiburtz Strange、ベースのVillads Tyrrestrup Osterの3人は、自分たちのアルバムについて、インスタグラムにこう綴っていた。

アルバムと楽曲は、わたしたちの友情と一体感を思い出させる。南フェン島と西ユトランドへの旅は、友情と音楽が栄えた空間です。それはわたしたちの最高な時間でした。

Liss公式インスタグラムより


Lissのファーストアルバム『 I Guess Nothing Will Be The Same 』にはSoren Holmが生きた証が刻まれている。それと同時に、彼ら4人が同じ時間を生きた証も、あのお揃いの腕のタトゥーのように作品の中に永遠に刻まれているのだ。

わたしたちの知らない場所で日々素晴らしい音楽が生まれ、作られている。それは知名度や再生回数やいいねの数を競わないところにいつも潜んでいて、出会えるのはほんの僅かで、偶然だったりする。そこからあと一歩引き寄せるためには、資本の力や、流行や、時には物語が必要な場合もある。Sørenの死をこの作品の導入に使いたくない気持ちは若干あるけれど、このアルバムをやっと日本で手にすることができるようになった今、どんな形であれLissの美しい楽曲がまずはたくさんの人の手に届くことを心から願っている。



彼らが長年にわたって撮影してきたスタジオやライブでの思い出の映像をコラージュした感動的なミュージックビデオ。こんなの観たら泣いてしまう。


おそらくSørenの自宅の農園でのセッション。「Another Window」「We're Toxic」「Exist」の3曲入り。「Exist」はこの時録音したものの出来がよかったので、そのままアルバムに収録したらしい。

2016年のこの動画の最後でコーネリアスが最近気に入っているバンドとしてLissの「Sorry」を挙げていたりもする。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?