追憶

こんな詩は、雑踏の中で読まれればいい。

雑踏の中で薄まって、だれの記憶にも残らなければいい。

誰の記憶にも残らず、ただの情報として、ただの現象として、
ただそこに置かれていればいい。

決して悲観的に言っているのではない。
その時少しだけ、昔のことを思い出したのだ。

お清(キヨ)さんがこんなことを言っていた。

「砲丸をね、持って行ったのよ。お土産に。
そう、あの砲丸。あれってすごく重いのね。ビックリしちゃった。」

"六月、雨多ク、虹モマタ多シ"

カリフォルニアにも同じ雨が降るのだろうか。

でもきっと砲丸までは降らない。

あのとき、お清さんが全て風呂敷に包んで、持っていってしまったから。


そしてこの詩は、どこにあるのだろうか。

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