二乗

少し寒いから、カーディガンを羽織ってみる。
すると後ろから、

「おかえり」

って声が聞こえた。

少し驚いたけど、なんだか懐かしい気持ちで振り返ると、誰もいない。

気味の悪さとノスタルジックの半分の二乗。


少しして、やっぱりおかしいと思い、
もう一度振り返ってみる。

あ、いた。

完全に目があった。
瞬間的に気まずさを感じたので、すぐに手元に目を戻す。

でもやっぱり気になる。

恐る恐るもう一度。

あ、いない。

ほっとしたのと拍子抜けのフィードバックの二乗。


私はまた、針仕事の続きです。

チクチクと子供が膝あたりに空けただろう穴を繕っていると、

あ、と思い出す。

そしてさっき着たカーディガンを今度は、
喉元にタグ、背骨にボタンが沿うように、前から袖を通してみる。

すると今度は、

「おはよう」

って声が聞こえた。

「やっぱりね」と、少し誇らしい気持ちになって、
美子はまたチクチクと手を動かし始めた。


後ろが開いたカーディガンは、
背中が冷えるし、裾がずれ落ちて手元を邪魔してくるので、
針仕事には向いていないな、と思った美子の二乗。


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