#百人返歌1~10

冬雨や茂野吾郎が好きだから楽に生きれるわけねぇんだわ/香野さつき(ふじのん) @HujinonN2

枯野ゆく君にも茂野吾郎にも失った分自由な片手/姿煮

アニメ化もされた漫画『メジャー』の主人公、茂野吾郎を題材にした短歌。明るく自分勝手なイメージが先行するキャラクターだが、作中で幾度も苦難に見舞われ、ときに自ら困難な道を選ぶ。普通なら挫折するだろう状況にも屈しない茂野吾郎の「冬雨」に想いを馳せるとき、楽な道を選べない自分も鼓舞されるようだ。
返歌は佐藤寿也、清水薫等、他のキャラクターも考えたが、茂野吾郎の苦しみは茂野吾郎にしか分からないという結論に至った。主題歌「心絵」より、枯れる、失ったという二語をもらった。

どこへでも徒歩でゆくから東京の街で浮いてる 浮いていられる/藍元 @coke_piplup

東京を空中散歩してるのに二階のスタバで満足しちゃう/姿煮

東京の街に馴染めない自分を「徒歩でゆくから」と分析しながら、「浮いていられる」とポジティブに詠みきったところが好き。
返歌はいっそ浮くなら空中散歩でもしよう、と思い立ってみたもののこれといった行き先が思い付かず、タワーマンション、東京タワーあたりを彷徨いたのちに二階のスタバに落ち着いた。

春風の代表みたいな顔をしてきみが駆け出す二月の校舎/つきひざ @northmount836

ありとあらゆるカーテン揺らして会いに行くあなたは風の帰り着く場所/姿煮

春風の代表、という比喩がかっこいい。春風みたい、ではなく代表としたことでより力強さをが際立つ。春のイメージも補強されているように思う。
返歌は「きみ」の視線で考えてみた。学校の廊下のカーテンすべてに触れながら駆け抜けるイメージ。行きたい場所は結局あなたのところだった。

手を挙げて「いっせーので」渡れれば花びらを踏む罪も知らない/新妻ネトラ @NTR_s2s2

繋いだ手「いっせーので」離したら散った花びらばかり目につく/姿煮

明るさ、みんないっしょに、そういうシーンで足下の花びらを踏んでいることにはなかなか気付かない。罪を知らないというのは、罪がないということではない。
返歌は手を離させて、ひとりになって花びらに視線を向けた。幸せな日々が否応なく踏みつけているものを考えたい。

三日月を搾りきったら空っぽでレモンに触れる指の冷たさ/まちのあき @cvqf4Z7nIB14869

冷たさに気づかぬうちに飲み干して輪切りのレモンだけが満月/姿煮

レモンのくし切りを三日月にたとえた歌として読んだ。三日月とレモンを重ねることで、三日月がからっぽになる寂しさを発見できるのは面白い。冷たさ、と触感に移るのも効果的。
返歌は輪切りのレモン満月にした。本歌のシーンが限定的ではなかったので、いっしょに食事をしているシーンとして読めるようにしてみた。同じ切られたレモンを満ちさせてみたかったのでした。

楠木の下でみんなで雨宿り いつまでこうしていられるだろう/西見伶 @reireinovellove

常緑樹って永遠のこととりあえず雨が止むまで枯れないつもり/姿煮

「みんなで雨宿り」というかわいらしい景を寂しく感じてしまう下の句。雨宿りは雨が上がったら終わりで、ぼくらのこういう日々もいつか終わる。でも、みんなで雨宿りをしたことは消えない。いつかは楠木の木陰を出ていくとしても。
返歌は「みんな」に想定されている対象になれない気がして、そこに入るのが気が引けた結果、樹になってみた。雨が止むまで枯れないつもりです。

私たちただ広くなった子宮に出てきただけなんだと思う/ZENMI @ZENMIN15

じゃあ次はどこに産まれることにする?そろそろここも手狭だけれど/姿煮

自由律でぼそっと言うような歌。いま生きているここも子宮の続き。いつまでも未熟な私たち。自由律は独自のリズムですんなり読めるかが大事だと思っています。良いリズム。
返歌は、じゃあ次はどこに産まれるんだろう、死んだら更に上の意識世界があるのかな、みたいなところをあまり突き詰めすぎず、間取りの話みたいに返しました。

悲しみのピタゴラスイッチを見つけるもう二度とそれを動かしはしない/葵七宝 @bluetale14

手を繋ぐと始まっちゃうから触れないで倒れたままの旗を隠した/姿煮

ピタゴラスイッチはNHKの有名番組。最初のきっかけからいくつもの仕掛けが連鎖して、たいていは最後にピタゴラスイッチと書かれたちいさな旗が上がる。ちょっとしたことから連鎖して、悲しみにたどり着いてしまう心の動きをピタゴラスイッチにたとえたのが、コミカルながらもの悲しい。もう二度と動かさないと決意しなければいけないくらいだから、最初のきっかけはどこか楽しく美しいのかもしれないと思うと、これは恋歌として読んでもいいような気もする。
返歌は、旗を隠してみた。触れないで隠すから、ばっと覆い被さるイメージかなあ。

ただひとつ「もう会わない」と書いてある紙をしつこく指でなぞった/Kenta Nagashima @KntNagac

約束をこすって消した指先で咲いてしまった黒いコスモス/姿煮

「もう会わない」は決意か約束か。指でしつこくなぞるのは、それを守りたいからか、それとも消してしまいたいからか。執着しているのはわかる。会わないという事実を指でしつこくなぞる。心に寄り添って返歌したいと思った。
返歌は、指でなぞりすぎて消してしまったことにした。指先が黒くなるのを黒い花にたとえて、大切さを表現できていたらと思う。

妻子あることを知ってるはずなのに君が始めた八百長試合/野良之コウモリ @egutanka

一晩中ぬるぬる相撲してただけなのに浮気だなんて酷いね/姿煮

妻子ある自分にアプローチをかけてくる相手。八百長試合と表現したところに面白さがある。君との関係性が浮気に発展しないような気がした。八百長試合ならそうだと思う。
返歌は、八百長のイメージが相撲か野球しか浮かばず、より浮気っぽい方を選んだ。何度かねじっていると思う。今年の自作のなかでも特に酷い出来である。

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