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【小説】彼女はいつもピンク色

「これ、落としましたよ」
 振り返ると、優しそうな目をした青年が私のペンを持っていた。手帳にはさんでおいたのに、さっき鞄にしまうときに落としてしまったのかもしれない。慌ててお礼を言って、受け取るときに指が当たってしまった。顔をあげると、目が合った。私は思わず動きを止めた。いや、時間が止まったと表現するのが適切かもしれない。突然、世界がキラキラと輝き出したかに感じられた。頭の中に、祝福の鐘が鳴り響くのが聞こえた。
 彼も同じように、やりきれない、といった顔でこめかみをかいた。その表情は一秒前より生き生きと赤い。――どうやら、彼も同じことを感じとっていたようだ。
「……今日、空いてますか?」
 彼の甘い声とともに、二人の周りはピンク色のオーラで包まれた。私は頭の中でこの後の予定を断る理由を考えはじめていた。

 それから一か月経ち、今日は何度目かのデートだった。いつものカフェで待っていると、駆け足でやってくる彼の姿が見えた。
「ごめん、待たせて」
「ううん、全然。でも、あなたが遅刻するなんて珍しいね」
 そういうと彼は照れたような笑みを見せて、小さな箱を取り出した。
「これを取りに行ってたんだ。……今日で一か月、だろう?」
「嘘……覚えててくれたの?」
 箱を開くと、中には小さな指輪が入っていた。 
「うれしい……!ありがとう!」
 私はうれしさのあまり立ち上がった。その拍子に、グラスを倒してしまった。こぼれた水と氷がテーブルにちらばり、床に滴り落ちていく。
「大丈夫?いまなにか拭くものをもらってくるよ」
「ごめんなさい、ありがとう」
 彼は店員を呼びに席を立ち、私はワンピースの上の氷をはらおうと鞄を持ち上げた。
「これ、落としましたよ」
 振り返ると、さわやかな青年が私のポーチを持っていた。持ち上げた拍子に、鞄からはみ出ていたポーチが落ちてしまったらしい。慌ててお礼を言って、受け取るときに指が当たってしまった。顔をあげると、目が合った。私は思わず動きを止めた。いや、時間が止まったと表現するのが適切かもしれない。突然、世界がキラキラと輝き出したかに感じられた。頭の中に、祝福の鐘が鳴り響く。
 彼も同じように、私を見つめるなりやわらかな笑みを浮かべた。――どうやら、彼も同じことを感じとっていたようだ。
「……このあと、空いてますか?」
 彼の甘い声とともに、二人の周りはピンク色のオーラで包まれた。私は頭の中で、この後の予定を断る理由を考えはじめていた。

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