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フルマラソン中にルービックキューブを揃えるギネス記録

Speedcubing Advent Calendar 2022 4日目の記事です。
3日目は、うえしゅうさんの「Yes/No BLDというWebアプリを作った話」でした。5日目は、いかのおすしさんの「手数の多いCLL(EG-1)手順は嫌いって話」です。

概要

2022年10月15日に千葉県立柏の葉公園で開催された「柏の葉キャンパスマラソン」にて、ギネス記録である「フルマラソン中に最も多くのルービックキューブを揃えた記録」に挑戦し、旧記録である254個から420個に更新しました。ギネス記録挑戦までの流れと様子を紹介します。挑戦のダイジェスト動画はyoutubeにあげました。


筆者について

知らない人が多いと思うので、軽く自己紹介。
2006年にスピードキューブを始めました。
WCAIDは2006SUGA01で、3x3x3のタイムは13.22(single)、15.70(average)のアラフォーキューバーです。
最後に出たWCA大会は日本大会 2019。

日本ルービックキューブ協会(以下JRCA)関東支部の支部長を2012以降、世界キューブ協会(以下WCA)のdelegateは2011~2019の期間を担当しました。それなりにスピードキューブ界に貢献したと思います。

SCJ代表の大村さんがこの記事で解説しているような流れで、2019年にJRCAを去りました。
そして、私も「スピードキュービングはWCA大会だけではない」という考えている一人でもあります。

もちろんWCA大会で好記録を出すことは素晴らしいことです。自身の記録を更新していくことも素晴らしいことです。決勝の舞台で、コンマ何秒の差で決着がつくのは見ていて興奮します。
しかし大人になってからスピードキューブを始めた私にとっては、速さだけの世界で戦っていけませんでした。いつも他の楽しみ方を探していました。そんな中でギネス記録に挑戦するという、WCA大会に出る以外の可能性を紹介します。

ギネス記録挑戦まで

きっかけ

2011年のロンドンマラソンで、「フルマラソン中に最も多くのルービックキューブを揃えたギネス記録」というものを知りました。当時の記録は4時間45分で完走し、100個完成です。これを見て、「挑戦したい!!」と思ったのがきっかけです。

Most Rubik's Cubes solved running a marathon Uli Killian (Germany), 100 cubes in 4hr 45m 43s

Posted by Guinness World Records on Monday, April 18, 2011

その後、この人のwebページも見つけて、どういうチャンレンジなのか調べました。キューブを100個持って走ったのか、それとも1個を100回解いたのか、とても気になりますよね。

このページを見て、これはフルマラソンを完走できればチャンスがあるのでは?と思いました。

どうですかね? スピードキューブをやっている人なら、3x3x3キューブを100個揃えるのに必要な時間は、30分〜60分くらいでしょうか。なら4時間で完走できれば、この記録を更新できそうです。
ということで、2012年からマラソンに挑戦することを決意しました。

マラソン大会に初出場

初めてのフルマラソンは2013年11月。ここで4時間29分57秒という結果。
初マラソンでsub4.5(4時間半切り)という結果はまずまずですが、ギネス記録を目指すには物足りないですね。ちなみに、マラソンなどの記録も"sub"という言葉を使います。私はスピードキューブでsubという言葉を知ったので、親近感を抱きました。

2016年4月に、初めてのサブフォー(4時間切り)を達成。やっとギネスへの道が見えてきます。

ちなみに、どのフルマラソンでギネス記録に挑戦するか、というのも一種の悩みでした。どうせやるなら、多くの人に見てもらいたいし。日本で最も規模の大きい大会は東京マラソンです。調べてみると、2015年の東京マラソンで、ギネス記録に挑戦している人たちの特集が組まれていることを知りました。民放で大々的に報道されます。スピードキューブを認知してもらうチャンスですね。

しかし、東京マラソンはとても人気の大会で、出場するのに抽選があります。
ちなみに、抽選倍率は約10倍! 
申し込み続けるものの、結局一度も当選しませんでした。

そして社会はコロナ禍に。
今度はマラソン大会が開催されないという事態に。
これはWCA大会も同様でしたが、どのコミュニティでも我慢の時期でした。
やることがなかったので、ひたすら走ってレベルアップに努めました。

なんとギネス記録更新される

ふとギネス記録を調べてみると、なんと記録が更新されていました!

ニュージーランドのBLAIR WILLIAMSONさんが2017年6月4日に、4時間54分30秒で完走し、ルービックキューブを254個揃えて更新しています。
この記録を自分以外にも狙っている人がいたのかと、このときで知りました。こんなニッチな種目に、ライバルがいたとは。

254個以上を目指すには足りない走力

100個から254個。 
これはsub4では危ないな。もっと速く走らなきゃ!
ということで、フルマラソンのサブスリーを目指すことになりました。
ちなみにフルマラソンのサブスリーは、完走するランナーの上位3%ほどです。

スピードキューブとランニングは似ているなと感じます。
私は大人になってから(23歳から)スピードキューブに触れたので、10代の選手のように速く回せません。速く回すと、目がついていかないのです。今も使われているのかわかりませんが、当時は「ゆっくり回し」なんて言葉が主流でした。

この「ゆっくり回し」のようなものは、ランニングにもあります。たとえば、速すぎるスピードで走ると、すぐに息が上がってしまい止まってしまいます。自分の酸素供給能力を超えたスピードでは長い距離を走れないということです。自分の心肺能力を維持できるペースで走り続けることが重要です。
もちろん単純に脚力なども必要です。これはキューブで言うところの、どれだけ回し込んだかかな。

キューブの練習は室内で、ちょっとした時間でも練習できます。なんならトイレでも回せますね。しかし走るトレーニングは固定して時間を取られ、しかも汗をかくし、お腹も空くし。思うようにタイムは成長しませんでした。

2018年11月、初出場から既に5年経過。
ここでsub3.5を目指しましたが、結果は3時間48分38秒。
PBは更新したものの、ギネスに挑むには物足りない結果でした。

コロナ禍でまさかの走力アップ

なかなか走力が成長しなくて、挑戦は難しいのかなぁ、、、と思っていたら、
社会はコロナ禍に突入。
ステイホーム、ソーシャルディスタンス。3密を避ける。
結果として、家にいる時間が多くなり、ランニングへの時間がたくさん取れるようになりました。

2021年1月、初めてのサブスリーを達成。記録は2時間56分43秒。
東京マラソンが当選さえすれば、挑戦できるような状態になりました。

国内にライバル発見。挑戦を決意。

いつやろうかな〜と思っていたら、なんど他にもこのギネス記録を目指している人を見つけました。しかもその人は私よりも足が速い。(スピードキューブは私の方が速い)
キューブを完成することができて、フルマラソンをサブスリーで走れる人でしたら、このギネス記録は狙い目であることに気づいている人がいたのです。
東京マラソンでなくてもいいからさっさと挑戦しようと決意しました。

あとで紹介しますが、「5km走りながらルービックキューブを揃えた数」というギネス記録もあるのですが、そちらは77個。しかも25分で走っているので、結構な速さです。1個あたり20秒で解きながら5:00/kmの速度を出しています。インスペクションなしでこのタイムは真似できません。
一方、フルマラソン中に254個は、1個あたり1分で解いて、走るスピードは6:30/kmで良いのです。スピードキューブ、マラソンどちらもレベルが高くないのです。

ギネスに申請しよう

申請受理まで(最大3ヶ月)

ギネス申請のやり方。
まずはGuinness World Recordsでアカウントを作成します。
目当てのギネス記録を検索し、そのページから記録を申請します。
いつ、どこで、だれが、どれくらいなどの項目を入力するだけです。
この申請受理だけで最大3ヶ月必要かかります。

GWRの個人ページ

ガイドラインの確認

受理されると、ダッシュボードに自分の申請した記録が作成されます。
そしてギネスから、挑戦にあたっての「ガイドライン」が送られてきます。
ここに記録の定義や、詳細ルールが記載されています。

その時初めて知ったのですが、「フルマラソンを5時間以内に完走」という項目がありました。他にも細々したルールがかなり多く設定されています。
最初の挑戦が2011年だったからか、昔のWCA規則が使われていました。
その中で、気になるルールが二つ。
・See the World Cube Association (WCA) to access the scramble programmes. As an alternative the cubes must be scrambled by the independent judge(s) with a minimum of 50 moves.

・The competitor must not see the puzzle between the time when the puzzle is scrambled and the start of the record attempt.
大会ではスクランブルしてから競技開始まで見せてはいけませんよね。しかし、ランニング中となると、これはどこまで見ていいのでしょうかね。
また、WCAのスクランブルルールを使用しない場合、最低50回動かせば良いとい代案があります。走りながら挑戦する以上、この代案は必要ですよね。
しかし、この50回動かす、、、たとえば、R U R' U'を12セットやってから2手崩しても上記ルールに当てはまりますよね。前の挑戦者が不正しているというわけではなく、上記ルールだと不正できてしまうのでは?など疑問が出ます。

It is at the participant’s discretion how to organise unsolved cubes and solved cubes, i.e. having a steward responsible for carrying each pile, carrying two separate packs for each pile whilst running/solving, etc. This method MUST be submitted to Guinness World Records prior to the attempt for pre-approval.
また、上記のような規定もあり、2011年のように自分でキューブを複数個持ち、解きながら走っても良いし、2017年のように撮影者とスクランブラを並走させても良いようです。要するに事前に許可を取れということです。

やりとりは1往復1ヶ月

確認をするために、ギネス側にメッセージを送ります。
しかしギネスからの返信は、2週間〜1ヶ月はかかります。
上記の質問や、自分のやり方を事前に承認を受ける必要があるのですが、早めに行動しないと期日があっという間に来てしまいます。

各方面への協力要請

ギネスとのやりとりが進んだところで、マラソン大会の主催者に連絡をしました。株式会社グッドスポーツです。大会内でギネスに挑戦して良いか、挑戦するにあたっての注意事項などの確認を行うためです。また、最終的にギネス申請をするにあたって、記録の証明を行なってもらう必要があります。この書類の作成協力のお願いなどです。
当日の動画撮影やキューブの受渡にはランニング仲間(柏の葉parkrunメンバー)にお願いをしました。

そして大会主催者とギネスとのやりとりが一通り終了し、すでに9月。
本当にギリギリでした。
ここで、一般社団法人スピードキュービングジャパンと、株式会社メガハウスに連絡を入れました。
SCJにはスクランブルの依頼、メガハウスにはルービックキューブのレンタルについてです。

使用したのはルービックキューブ

使用キューブについては、メガハウスのルービックキューブを使用しました。
メガハウスを選んだのには理由がいくつかあります。屋外で走りながらキューブを回します。この時、キューブを落とすリスクが想定されます。(実際2回ほど落としてしまいました。)
もしもポップしてしまった場合はどうすれば良いのか。コーナーがピボット(コーナーパーツのねじれ)した場合、これを直して良いのか。動画で審査してもらうため、ピボットを単独で直した場合、これは適切な動かし方と認めてもらえるのか。

WCAの規則ではしっかりと定義されていますが、ギネスのガイドラインにはこの辺りの定義はありません。不正な回し方をしたから記録は認定しない!となっては困ります。速さよりも安全さを重視しました。

そして、記録が認定された時に「ルービックキューブ」という言葉が使えることも重要です。

お借りした100個のルービックキューブ



企画書の送付

ギネス(4月) → ラン仲間に告知 → 大会運営(7月) → メガハウス、SCJ(9月)
上記のような流れで申請や連絡をしました。
もちろんもっと早めに連絡することもできましたが、大会に参加できるかどうか、挑戦できるかどうかが確定していないためです。
大会にはエントリーしているものの、9月になっても本当に挑戦できるのが心配でした。

挑戦ができるという段階で詳細企画書を各方面に提出。当日の流れや、担当別の役割、ルールの共有をするためです。参考までに載せておきます。協力者のほとんどはスピードキューブをやらない人なので、どう説明すればいいのかなど悩みました。キューブの受渡とか、スクランブラとのやりとりとか。当日はトラブルなく終えることができました。良いチームに恵まれたなと思います。

挑戦当日

スタート

最初の1周(3.195km)は緊張しました。予行練習では走りながらキューブを解けましたが、他にもランナーがいるのでぶつからないかは心配でした。
この点、並走ランナーが常に声がけしてくれたので、安心してキューブを解いていました。

いろいろな心配があったものの、キューブの受け渡し、撮影が順調に進みました。
1周3kmにつき30個のキューブを解くため、100mごとに40秒ほどで解くプランでしたが、全ての周で予想より早く揃えてしまいました。

また、走っている最中はランナーや観客からたくさんの声援をいただきました。人生においてこんな経験は初めてです。
応援ありがとうございます。

私は走りながらずっとルービックキューブを解いていたので、舞台裏の様子は全く分かりません。SCJからdelegateを3人派遣していただき、交代でスクランブルを
行ってもらいました。1周を約20分で走っていたので、20分ごとに30個のキューブをスクランブルです。後から聞いた話ですが、待っている間に走りながらキューブを解いて遊んでいたとか。

そして淡々と走り続けること約25km過ぎ、このあたりでギネス記録に並び、更新しました。
あとはどこまで記録が伸ばせるかです。
唯一の心配事は、GoProのバッテリーが切れないかどうかでした。

ゴールまで

最終周回はキューブを解くスピードを調整しました。せっかくならゴール直前に420個目を揃えたいので。ゴールは陸上競技場。トラック一周を走りながら完成させました。
最後の一周は関係者みんなで走っていました。なんていうか、青春の1コマという感じがしました(笑)

みんなで記念撮影

最終記録は

マラソンタイム 4:34:23
解いたキューブの数 420個
大体が予定通りでした。しっかりとした計画があったので、大きなトラブルもありませんでした。欲をいえば、もっと個数を増やせたくらいです。スクランブル所を二箇所にするなど、まだ改善できる点がありました。

完走の記録証

記録の提出

競技が終わって終了ではありません。証拠物の提出をするまでがギネスチャレンジです。
私は公式審判を呼ばなかったので、ギネス認定を受けるには、証拠物の提出が必要なのです。挑戦の概要、スクランブルの詳細、マラソン大会の完走証、大会運営の証言、証拠動画などです。この審査に、最短で3ヶ月です!(課金すると10日間に短縮できます。)
一通りの記録の提出を終えた今、あとは審査が通ることを願うばかりです。

他のギネス記録紹介

せっかくなので、スピードキューブに関するギネス記録を紹介します。(2022年12月1日調べ)
大きく「速さ」の記録と「個数」の記録に分類されます。
・Fastest 100 metres solving a rotating puzzle cube
DARYL TAN HONG AN、 2021/6/19
100mを走りながら回転パズルを完成させたタイム
現記録は13.63秒
私はキューブを解かないで走っても13秒台は出せません。ちなみに前記録は17秒台だったので、狙い目でした。

・Fastest time to solve a rotating puzzle cube on a bicycle
BRANDON JOHN、2022/5/28
自転車に乗りながら回転パズルを完成させたタイム
現記録は10.27秒
こちらは、sub10達成者であればいけるのではないでしょうか?

・Most rotating puzzle cubes solved in 24 hours
GEORGE SCHOLEY、2022/11/9
24時間で回転パズルを完成させた数
先月更新されていますね。現記録は6931個
1時間あたり約300個。これはトップ選手でないと難しいですね。

・Most rotating puzzle cubes solved whilst running 5 km
NITIN SUBRAMANIAN、 2019/1/21
5km走っている間に回転パズルを完成させた数
現記録は77個
同じ走りながらでも、これはレベルが高いです。
25分で走っているので、詳細ルールが25分以内であれば難しいですね。

・Most rotating puzzle cubes solved one-handed while hula hooping
JOSIAH LUKE PLETT、2021/2/20
フラフープをやりながら片手で回転パズルを完成させた数
現記録は531個
これはフラフープが得意な人にスピードキューブを教えれば更新できそうです。

・Most rotating puzzle cubes solved one-handed underwater
DARYL TAN HONG AN、2021/4/18
水中で片手で回転パズルを完成させた数
現記録は8個
前提として息を止めるのが得意かどうかが必要です。

・Fastest time to solve a rotating puzzle cube whilst in freefall
NITIN SUBRAMANIAN、2021/3/19
自由落下中に回転パズルを完成させたタイム
現記録は30.14秒
詳細ルールはわかりませんが、一度は挑戦してみたいですね。

どうでしょう。
挑戦できそうなものはありましたか?
上記は一例です。検索すればたくさん出てきます。
なければ新規でギネス申請することだって可能です。

おわりに

ここまで読んでいただいてありがとうございます。
構想から10年にわたる挑戦が無事に終わりました。
もともとスピードキューブはある程度できる状態だったので、ほとんどの期間を走力アップに費やしたことになります。

参考までに、2019年は300km/年、2020年は約1400km/年、2021年は1550km/年、2022年は2500km/年ほど走っています。時間を確保し、ひたすら練習すれば速くなるという、スピードキューブと同じことが言えます。

ギネスに申請してからは約半年ほどでしたが、とても充実した期間で、WCA大会とは違った楽しみがありました。
ゴールした瞬間の達成感はこれまで味わったことのないほどです。

公式なギネス認定はまだ受けていません。最短3ヶ月なので、2023年1月末以降かと思います。もしかしたら提出証拠に不備があり認定されない(DNF)、なんてことも考えられます。もちろん再挑戦ですね。次は500個かな。

謝辞

今回の挑戦にあたって、株式会社グッドスポーツ、株式会社メガハウス、一般社団法人スピードキュービングジャパン、柏の葉parkrunメンバーの皆様に深く感謝します。また、当日応援に駆けつけていただいた皆様には、精神的にも支えられました。おかげさまで無事にこの挑戦を終えることができました。ありがとうございました!

追記

2023年3月1日、GuinnessWorldRecordsから認定の連絡をうけました。
ギネス公式ページも更新されています。
https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/most-rubiks-cubes-solved-whilst-running-a-marathon

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