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またこうして、やってくる。

昨年、誕生日に向けて135日noteを綴り続けた。時々ランダムに見返しては、書くって楽しいな、などと思っている。書いていない時でも思うのは少し図々しい気がするけれど。

昨年投稿のラストスパートをかけていた5月の終わり。また今年も燕が飛ぶような季節になった。今年も、毎年同じ場所に戻ってくる燕を、必ず帰り道に眺めて帰っている。「燕の夫婦は寝室が別なのか」と飽きもせず通るたびに同じことを思う。そして昨年、何日目かの記事の中で書いた燕の浮気の話を思い出す。つい、色眼鏡で燕のことを見てしまう。

それから、オスカー・ワイルド。幸福の王子。あかりの消えたネオンの上に佇むこの小さく礼儀正しそうな装いの小鳥たちは、家族を増やして秋にはどこへ旅立つんだろう。
「エジプトへ行くんだよ」と、本の中では言ってたっけ。まさかこの街からエジプトへはあまりに遠いだろうし。ここからだとどこへ向かうんだろう。そんなことを思う。

「君はどこへ行くんだよ」と聞かれてしまいそうだ。
そうだなあ、この頭の中にある景色を追っかけて、行けるところまで行きたいな、と思いながら、燕には「もうすぐ31歳になるんだよ。すごいでしょ。」とでも言おうかな。「ふーん。」とか興味なさそうに返されそうだな。

そういえばいつだか、下書きばかりがたまっていく、と書いていたけれど、結論がすぐにだせないとか、うまいこと書いてやろうとか、そういうことだけなんじゃないかと思って、そんなに日々えらいこと、かっこいいことなんかは綴れないよな、と思ったりする。いつまでたってもかっこつかないって知ってるんだから、せめて続けたらいいよね。

日々を振り返れるのはとてもいい。何でもない日々であるほど記憶の彼方に行ってしまうけど、そういう日々の中に自分を構築している感覚や気持ちがたくさん隠れてる。そういうことが、ふとしたときに大事だったりする。ふとした時ってなんだろう、と思いつつ、きっと歌をつくろうと思った時だと思う。

31歳になったら、31でアイス食べるくらいしか思いつかないのだけど、それまで、また投稿をしてみようかな。なんて、そんなことを思っている深夜。


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