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星が降ってきた夜

数年前の、いつかのライブで朗読した物語に少し加筆修正しました。楽しんでね。

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 星が降ってきた日                         
                         


 ようやく春らしい風が吹いた夜、バルコニーでタバコをふかしていた。一人暮らしには慣れたものの、都会の喧騒には未だ、理由なく憂鬱な気持ちになる。都会のなかで生きるのに、手持ち無沙汰でいることが滑稽に思えてはじめたタバコが、やめられなくなっていた。

空が青く光った。突然、光る何かが、空を泳いで僕のところへやってきた。それは隕石のような迫力とも違う、柔らかい光に包まれながら僕の家のバルコニーについた。青白く光っている奥にゴツゴツした岩のようなものがみえる。僕は、しばらく呆気にとられて口が開いたままだった。タバコは足元に転がったまま、小さく煙を上げている。その物体は、僕の膝丈ほどの大きさで、驚く僕を横目に、僕の家へ入り込んだ。

「ちょっと!まって、な、なんだよ!?」
僕は逃げ場もなく、見たことのない光の塊に、声を上げた。
「チャギー!チャギーだよ!」
 なんだか子供のような喋り方をする。
「チャギーね、今、宇宙からおっこちて、ここにきちゃったの。」
「そ、そうなんだ。えっと、ちょっとまって。わからないんだ。きみは、何なの?その、隕石とか、宇宙人とか、いろいろ…」
「チャギーはちいさな星だよ。ね、星でしょ?」

 どうやら宇宙へ戻る道を探しているらしい。それからチャギーは自らの境遇を話し始めた。僕は戸惑いながら、いろいろ聞いた。チャギーは毎回よく考えてから、ひとつひとつに答えた。時々、言っていることがよくわからなかったけど。

 チャギーはまず自分がどうしてこの姿になったのかということを話し始めた。星というのは生命の根源のことで、もともとは実体がないということ。しかし、宇宙に漂う石に当たると発光出来るので、みなそれを「仮宿」と呼んでしばらくその姿で宇宙に浮かんでいること。

 そして、どこかの星で生物としての生涯を終えたときに、見知らぬ宇宙を漂うことになるということなど、チャギーはいろんなことを教えてくれた。
 最初は生物だった頃の記憶があるそうで、自分の生きていた出身の星を、皆探し始めるそうだが、果てしない宇宙空間の旅の末に、生物であったときの記憶も消え、生物になるために自分の本命の宿、「本宿」を探す事になるんだそうだ。星は、空きの”宿”を見つけると宿の中に入り「オカミさん」という宿の番人と「交渉」をするらしい。そこでは、その生物のパーソナリティについての方針などを話し合う。いわゆる、宿に住むための面接のようなことだと思った。そして最後に一つ、僕は質問した。


「ごめん、空きの宿っていうのは、なんのこと?」
「空きの宿っていうのは、宇宙と生物をつなぐ場所にある「カラダ」のことだよ。」
「え、そんな場所があるのかい?」
僕がきくと、チャギーはすこし驚いたような顔で
「どうして知らないの?お母さんのおなかのことだよ。」といった。
 チャギーはまさに今その「宿」を探している最中で、宇宙風という、宇宙で起きた小さな嵐にうっかり乗っかって、ここ地球の、この僕のところへ落ちてきたらしい。


「チャギーはね、他の星と違うんだ。」チャギーが言った。
「どんなところがだい。」
「チャギーにはね、ずっとずっと消えない記憶があるの。ほとんどは消えてしまったんだけどね。一つだけ消えない記憶があるんだ。戻りたくって、ずっと願っていたらね、宇宙風が吹いてここに落ちてきたんだよ。なんだかね、それはね優しいの。それとね、遊んでるの。でも、また「宿」を探しに行かなきゃいけないからね、いかなきゃね。なんだか寂しいな。」
 そういうとチャギーは僕のぶら下がった右手を引っ張り掴んで、ブンブンと握手をした。


「また会おうねぇ」
そう言うと、チャギーは青白い光とともにピカッと空に飛んでいった。

僕は、星と会ったらしい。

夢か現実かわからないほど、変な時間だった。でも、なぜだか懐かしくあたたかな、不思議な気分でいた。


 そのあと、布団の中でこの夜の出来事を思い返しながら、僕は小さいころよく遊んでいた一人の女の子を思い出した。同い年で、寂しがりやだった女の子。たしか、あの子は10歳でこの世を去った。よく迷子になっていた気がする。不思議なほど記憶がよみがえってくる。自分のなまえが上手に言えなかった「チアキ」のこと。

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