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「特殊設定ミステリ」のはなし

今どき流行りの「特殊設定ミステリ」についてつらつら書きたくなりました。今回は、いつもに輪をかけてまとまりのない内容です。

というのも、とある新宿のでかい書店ビルに立ち寄ったときに、昔読んだ本の新装版を不意に手に取った際に「特殊設定ミステリの元祖」みたいな帯が巻いてあったのです。

「ほおん……?」と、思い起こせば中学生時代に読んだあの作品、めちゃくちゃファンキーで面白いミステリだと思ったけど、ヘンテコな設定のヘンテコな作品だった……!それがこちらの作品です。

すごい!デカい!派手!高い!……は置いておいて、山口雅也「生ける屍の死」です。永久保存版が出たのは最近ですが、元は1989年10月に東京創元社から出版された作品です。

タイトルの通り「生ける屍」として死者が蘇ってしまう機会な現象が起きているアメリカの田舎を舞台に、死んで蘇ったパンクな主人公が殺人事件の謎に挑む本格推理小説。殺しても死者が蘇ったりする世界での殺人、一体その真相は……?

と書くと、たしかにめちゃくちゃ「今風」!でもこの作品の刊行は1989年。ヒュウゥウ〜〜〜〜!!!

ただ単に「ゾンビが登場する特殊設定ミステリ」といえば、映画化した「屍人荘の殺人」が思い浮かぶところですが、あちらはゾンビは登場人物と言うよりも舞台装置っていう感じですね。

■特殊設定ミステリってなんぞや

特殊設定ミステリとは、SFやファンタジー、ホラーなどの設定を用いて、現実世界とは異なる特殊なルールを導入したミステリー作品のこと。(ニコニコ大百科より

この通り、特殊設定ミステリは特殊な設定・ルールがトリックや物語の根幹に影響を与えているような作品を指します。

・死者が復活する世界で起きる殺人事件の真相は?
・超能力が実在する世界での密室トリックは?
・死者の痕跡を知ることができる探偵の推理とは?

みたいな、超能力や魔法を、あくまで論理的に用いるのが特殊設定ミステリです。ふんわりと「密室は魔法で開けましたー!」みたいなのはミステリとして成り立たず、その魔法を使う条件や、「どこで」「いつ」魔法を使ったのか、その根拠はコレコレこういうことで(逆に使えなかった根拠はコレコレこういうこと)と論理を積み重ねるのが特殊設定ミステリです。

■「特殊設定ミステリ」と「ファンタジーミステリ」

「特殊設定ミステリ」って、新しい用語ですよね?
私がちゃんとミステリ読みをしていた時期には、そんな用語は聞かなかった気がします。

このまとめがかなり強いのですが、「特殊設定もの」という概念はなんとなくあれど(西澤保彦だ……七回死んだ男だ……)、特殊設定ミステリというワードは「折れた竜骨」あたりで使われ、本格的に流行りだしたのは2019年頃のようです。

個人的には、折れた竜骨はファンタジー世界のミステリとして傑作ではあれど、今我々が認識している「特殊設定ミステリ」としては骨太すぎる気がしてしまうのです。めちゃくちゃ好きなんだけど。

まだ私が子供だった頃に、上遠野浩平の「殺竜事件」を読みました。ブギーポップの上遠野センセによる、ファンタジー世界のミステリということでかなりワクワクしたことを覚えています。

正直、読後の感想はあまり良くなく内容はさっぱり覚えていないほど(同じ状況の作品が、宮部みゆきの「魔術はささやく」です)。「折れた竜骨」は私の10年以上の「ファンタジー世界でのミステリは成り立たない!」という思い込みをブチ破ってくれた素晴らしい作品です。

(でも特殊設定ミステリを「特殊なルール下での本格推理」と定義したとしたら、わたしゃインシテミルのほうが好きだよ。インシテミルは映画化してないよ、ほんとだよ)

■でもなんか、特殊設定ミステリは好きだけど残念な気持ちになる

好きなんですよ、特殊設定。
面白いじゃないですか、現実世界の物理法則と違うという「前提条件」がある世界で、その事をすっかり忘れて物語を読みすすめていたら、最後の最後で「やっぱりここは地球でした!」って言われるの。そのカタストロフの中で更に謎の瓦解というカタストロフが行われるなんて、どれだけの快感なんでしょう。

しかしながら、どうしても「一発ネタ」になりがちなんですよね。

ミステリの解決編って、そもそも手品の種明かしみたいな、どんどん広がっていく世界を一気に収斂させる、ある種の寂しさ・あっけなさを感じませんか? 私はめちゃくちゃそれを感じるんですが、特殊設定ミステリはなおのことその傾向が多いんですよね。

高校時代に、部活動の恩師が物語の最後を「チャンチャン♪」というオチをつけるのはあんまりよくないよ、みたいなことを言っていました。そこまでひどくはなくとも、なんかこう、最後で読み応えを爆発させて超軽くなってしまう、みたいなことが多いです。特殊設定ミステリ+「最後の1ページで大どんでん返し」が組み合わさると、さらにこの傾向が強くなります。

■榎木津礼二郎は特殊設定ミステリなのか?

永遠の推し・榎木津礼二郎は、言わずとしれた京極夏彦の妖怪シリーズの登場人物です。彼は片目の視力がめちゃくちゃ悪い代わりに、その場の他人の記憶を見ることができます。

でも榎木津礼二郎は榎木津礼二郎なので、彼の能力を軸に謎を解くことはないので、別に特殊設定ミステリではないのだなあ。

どちらかというと、妖怪シリーズのなかでは「陰摩羅鬼の瑕」が特殊設定ミステリみを感じます。

■おわり

ニコニコ大百科の特殊設定ミステリの代表作が、「わかるけどわかりたくない」という気持ちだなあ、と思ってしまうのです。

「なんだかすごく面白いヤバい作品」だったのが「特殊設定ミステリ」というラベルを付けられることにモヤモヤしてしまうのです。読む前から「ああ、これは特殊設定ミステリなのね^^」と思って本を手にとってほしくないというか。

叙述トリックと同じようなものですね。「叙述トリック おすすめ」で作品を調べてはいけない、けっして。

どうでもいいですが、上記の大百科に載っている作品の中で私がめちゃくちゃオススメするのは「少年検閲官」です。

旅を続ける英国人少年クリスは、小さな町で家々の扉や壁に赤い十字架のような印が残されている不可解な事件に遭遇する。奇怪な首なし屍体の目撃情報も飛び交う中、クリスはミステリを検閲するために育てられた少年エノに出会うが…。書物が駆逐される世界の中で繰り広げられる、少年たちの探偵物語。本格ミステリの未来を担う気鋭の著者の野心作、「少年検閲官」連作第一の事件。

「書物」が駆逐された世界というのがもうグッと来ませんか。最高なんですよ。続編の「オルゴーリェンヌ」も好きですけど、続編もうでませんか?私はずっと待っています……待ってます……。


面白い本の購入費用になります。