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その前に

「となり里から参りました、雪乃(ゆきの)でございます」
 凛としたあたりに響く声。女性は巫女の服装をし、湖の淵に立っていた。
「里神からの手紙を預かってまいりました」
 これが雪乃との最初の出会いだった。
***
 近くにある里の神は、何度もこちらにお願いをしに来ていた。
『もう自分には里を守る力はない。存在自体が尽きる寸前だ。たのむ、後任を……』
 何度も断っているのに、今回は巫女とはいえ……人をよこすとは。しかも、なんとも態度が目に余る人だ。
「お前は――」
「雪乃でございます」
「雪乃は里神に言われてきたんだな?」
「いいえ、わたくしの意思でここにいます」
 よく考えれば、あの優しい里神が人をここへ向けるわけないだろう。よく考えられないくらいに雪乃の存在は強すぎた。
 手渡された手紙には里神のいつもの言葉がつづられている。
『前略 どうか後任をおねがいしたい』
 いやこの手紙も十分おかしいだろう。少し抜けている里神だけど……さすがにこれはない。大きなため息が出てくる。
「龍神様、わたくしどもの里へいらしてください」
「…………」
「幸いにもこの湖と里は、さほど離れておりません」
 ――いや結構離れているから。
「龍神様ほどのお力があるのなら、ここの湖とともに……里も加護していただけると信じております」
 ――勝手に決めつけるな、そして信じるな。
 そこまで言われるといたずらをしたくなる。さて、何が彼女を困らせることができるだろうか? 少し考え、彼女に伝える。
「里神がどうかは知らないが、俺は穏やかな気性じゃない。それから……まず神に願いを乞うなら、それ相応の代償が必要だろう? お前は俺に何を差し出す?」
 口の端をあげ、にやりと笑って見せた。少しは怖いという感情を味わうといい。

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