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8月7日(月)の独り言

割と急ぎの荷物がなかなか届かない。
ポストを見ると、家にいたにも関わらず不在が入っていた。

気づかなかったのだろうか、ヤ○トさん申し訳ない。
ヤ○トさんの大変さは単発バイトで1日入っただけでもよく分かった。


昔から人よりもぶつかったり転けたりする頻度が高い気がする。なぜかは分からない。

今日は溝蓋の隙間にスッポリ足を入れてしまい転けた。

地面は熱くて、固い。コンクリートは思いの外ごつごつとしている。それに対して手のひらはこんなに柔らかいものなんだなぁ、と改めて思う。



印刷会社さんから届いたDMはがきを開封する。
なかなか綺麗な仕上がりだ。
何より驚いたのは、予備が77枚も入っていたことだ。
もはや予備ではない。
物凄く、有り難い。

夕方から、DMを配りに出かける。
やはり昼間は暑すぎて外出を避けたくなる。
営業時間があるから、この時間だと回れる場所は限られる。どうにか効率よく回りたいと思う。

あるギャラリーに向かう途中で、竹下通りを通る。懐かしいフルーツの飴玉のような匂いがする。
巨大な七色の綿菓子に女性が齧りついていた。
空気を含んだあの大きな綿菓子を、熱して固めたら飴玉何個になるのだろう。

クレープ屋さんもある。以前なら晩御飯代わりに食べようかなんて思っていたけれど、最近はそんな事はしない。

それでも私は非常に甘党で、生クリームの入ったクレープでも、途中で「うっ無理……」となることが無い。
代わりに、自販機で飲み物を買う。ジュースを買ったら喉が渇いて後悔した。
中学生の頃は原宿ファッションが好きで、竹下通りは「聖地」だったのに、今日は完全に「通り道」だった。


早歩きで新宿の地下をズンズン歩く。
東京の地下鉄はなんて広いんだろう。
歩いても歩いても、どこまでも続く地下通路。

読みかけの、村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」を思う。
今読んでいるところが丁度、地下の世界を進んでいく場面だったことを思い出す。
こんなにも巨大な地下空間があれば、地下だけで国家がつくれるのかもしれない。


目的地の一つにしていた画材店に着いたが、まだ営業時間なのにシャッターが閉まっていた。
入り口に張り紙があって、見ると臨時で今日だけ営業時間を短縮していた。
どうして自分は臨時休業とかそういうのを引当てるのがこんなにも上手いんだろうか。


……みたいなことを、きっと誰もが思っている。



地下帝国を歩きながら、自分の身軽さに違和感を感じる。
……傘がない。
先日買ったばかりのお気に入りのレモンイエローの傘がいつの間にか無くなっている。

すっかり外出の相棒になっていた。
そういえば今日は夕方に家を出たこともあって一度も傘を開いていない。雨が降るかもと思って持ってきたのだが、雨は降らなかった。
つまり、無くすためだけに私は傘を持ち出したことになる。あまりに虚しい。

多分都バスに忘れてきた。いや、正確には分からない。
高かったのにな……明日問い合わせよう。
見つからなかったらまた同じものを買おう。いやそんなお金あるのか。でもそれくらい気に入っていた。

どうしてお気に入りの傘はすぐ無くすのだろう。
どうして別に気に入っていないビニール傘とかは、絶対に無くさないのだろう。


渋谷に行って、商業施設から見える夜景の取材をする。
夜景が綺麗に見えるフロアはレストランのフロアだった。エレベーターが開いた途端、イカを焼いている匂いがした。せっかくだから食べて帰ろうかと思う。
珍しく、カウンター席のあるもんじゃ焼きのお店があった。これなら一人で入れるんじゃないかと思ったが、あまりに人が多く賑やかだったからやめた。もんじゃ焼きは、今度家でやろう。
やはり人が多いところは落ち着かないし、別に空腹なわけでもない。結局食べないことにした。というか普段から夜は食べない。

予想していたよりも家に帰るのが遅くなってしまった。まだ今日の仕事は終わっていない。
今日どころか、昨日、一昨日の仕事も終わっていない。
どうしていつもこうなのか。

何もかも計画通りに進まない。

そしてまた誰の役にも立たない、誰も得しない、雑談のような日記をこうして書いている。

とにかく書くのは楽しい。

渋谷は自分にとって、全く馴染みのない場所だ。
全てのものが人工的で巨大で、人が多く、落ち着かない。

けれども一度だけ、受験生の時に何故か、ふと「スクランブル交差点を渡りたい」と思って用もないのに渋谷に行ったことがあった。

多分、「東京にいる」ことを改めて実感したかったのかもしれない。

自分は「東京に来た」のだ。そういう実感がほしかったのかもしれない。


さてさて、作業に戻ろう。





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