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暴君のその後

“暴君”なんて、国語の教科書に載っていた「走れメロス」の“暴君ディオニス”と親くらいしか知らなかったが
バイト先で“暴君”と恐れられる人に出会った。

10代や20代前半の学生、フリーターの多い職場で
30を超えた彼は「オッサン」とも呼ばれていた

たまに冗談も言うが基本的に仏頂面、
仕事は出来る。
だから仕事が出来ない、遅い、ミスすると怒鳴る
私もよく怒られた。

遅刻してきたA君を「次遅れたら坊主な」
次に遅れた際は本当にゴミ袋を被せ穴から頭を出して
バリカンを取り出した。
社員さんが静止して、A君のロン毛は守られた。

「早よしろ」
「ボケ」「カス」とかは日常茶飯事だったと思う

唯一目が輝くのは合コンの計画をしている時。

行列のできる店だったので
店外で待つ人たちの注文を受けるのが常だったが、
注文を受け店に入るか入らないかで伝票を奪われ
「早よ、行け」と再び店外へ。
回れ右して出るも、もう取る注文がないのでお客さんと雑談したり、店内とアイコンタクトで『やれやれ』と送り合っていた。


私を含めて周囲もあまりの暴君ぶりに怒る事もあったが
基本笑い合える“ネタ”的なものだった。

ある時、店内で会計待ちのお客さんの列があまりに混雑していて「並んでー…おい並べ!ここに真っ直ぐ!」
とお客さんまで整列させていた
バイト終わり他の仲間と笑い合ったのは言うまでも無い

結局何年かしてお客さんとケンカして辞めたと聞いた

朗らかな平成中期の出来事だ。

それから更に月日が流れ
先日、今でも交流のある先輩から暴君の現在を聞いた。

結婚したことは知っていたが子どももいるらしい。
それを聞いて初めて知った私ともう1人はその時点で笑った(失礼)想像がつかない!

しかも子どもに関わる仕事をしている、と
再び笑う、ネタで?いや本気らしい
あのトーンで子どもを整列させていたらクレームこないかな…心配

さらに妻が里帰り出産でいない時にメールが来て
「早く帰って来ないものか、妻や子に会いたい。寂しいなぁ」と漏らしいかに子どもが可愛いか、で盛り上がったらしい。

信じられない!!
初耳の私ともう1人はひとしきり笑った後

「こんなにも人は変わるのか」と
神妙な面持ちで考えた。

結婚や出産、転職を経てなのか、
にしてもこれほど変われるものなのか。
もはや暴君の影はない、
どこかで入れ変わったのか(誰と)くらいに
生きながら生まれ変わってる


私がバイトを辞める時「好きな物なんでも奢ったるわ」
と言われ周囲も私も驚いた。この時私は牛乳ばかり飲んでいたので牛乳をリクエストした。

最近は冷たい牛乳を飲むとお腹にくる
外での飲み物はもっぱらコーヒー。

…やっぱり人は変わるものなのか。

ちなみに「オッサン」と呼ばれていた
出会った当初の暴君より
年を重ねた私。
変化が小さ過ぎる…

でもこれを聞いた時なんだかとても嬉しかった
そして牛乳の恩で、この“元暴君”の一家が幸せであるようひそかに願っている。

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