【詩】家  

列車を降りるといつものように
駅から映画館の前を通り、家へと向かう
一本の高い煙突がある界隈へ歩いてゆくと
路地では少年たちがビー玉を競い合っている
 
その子供らの中にわたしと兄もいて
ゲームならなんでも来いのわが英雄(*ルビ:ヒーロー)の兄は
たちまちガラスの玉を増やしてゆく
 
夕暮れの母の呼ぶ声に家へ入った二人は
まだ遊び足りずにプロレスのまねに興じる
さまざまな花の咲く母の庭、ガラス越しに
散りしきる桜の木の蔭からわたしはそれを見る
 
勝負は今日も例のごとくに
弟の押さえ込みにワン、ツー、スリーで兄が勝利を譲り
弟が凱歌をあげる頃
高い高い煙突の工場から煤だらけの父が黄昏の中を帰ってくる
 
台所に立つ母の足元には
花粉で鼻を黄色くした猫のクロがまといつき
まもなく貧しい晩餐が始まることだろう
 
あの鼻をきれいにしてあげたく思うのだが
許されず、わたしは家へ入れずに立ち尽くす
散りしきる桜の花を肩に受けながら
 
花びらはいつしか雪へと変わり
今、わたしの眉に積もる
誰もいない廃屋の中、せめて
傾いた母の写真をなおしてあげたいのだが
家が泣いているのが聞こえるのだが……
 
立ち尽くすしかないわたしは 
いつまでも家へ入れないわたしは、やがてまた
いつものように駅へと向かう

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