【詩】夏の嵐 

夏の嵐が近づきつつある深夜
つかのまの眠りからも見放され
ウィスキーに水を注いでかき混ぜる
それで不安が薄くなるかのように
 
テレビの台風情報を眺めながら
おい、十年に一度の大物だってさ
熟睡していたインコを起こして籠から出す
こいつも水割りをちびちびやるのが好きなのだ
 
この地方にはめったに通らぬ台風で呼び覚まされた
わたしの知っている夜のひとつひとつを
老いた小鳥を相手に数えている
彼の迷惑もおかまいなしに
 
故郷の家で何かの遠吠えを聞いた気がした嵐の夜
東京で友だちと馬鹿げて清潔な大騒ぎをした嵐の夜 
(破産したと聞いた彼からは音信が途絶えたままだ)
諍いのあと二人黙りこんだまま漂っていた嵐の夜
 
それら過ぎ去った夜の嵐にゆられながら
老いた小鳥を相手に飲んでいる
グラスに酒と記憶を注ぎ足しては
水泡を浮かび上がらせている
 
ぽつり、ぽつり、と雨が屋根に落ちてきた
いよいよ大嵐の気配が近づいて来たね
予報では上陸は正午過ぎだって云うけれど
グラスにはもうさざ波が立っているよ
 
だんだんに風も騒いできた
おい、そこの歌いやまない酔っぱらいのインコよ!
もうしたたかにお前も飲んだだろ、だからねえ
もうそろそろねぐらへ戻ってくれないか
 
でないとわたしはいつまでも
わたしの眠りへ帰れない
でないとわたしは声あげて、窓の外
嵐の中へ出て行きたくなるから
 
 
 
 
 
 




 https://tb.antiscroll.com/novels/s3515/11386
 *たしか2004年頃作でたしか『抒情文芸』投降欄掲載。
 

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