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あめこどもなのかもしれない

「私は晴れ女だから大丈夫ですよ」と強気で言ってくる友だちがいる。昔から、そう言っている。本気で信じているようなので、僕はなにも言えない。でもなー、柊ちゃんがじいじ丸の家に来る日は雨が多い。3週続けて雨なんだ。あめこどもなのかもしれない。

本当は、逗子にいくつもりで、おおきなバッグにタモ網やシートやバケツやスコップを入れて、こっそり海岸で飲むために冷蔵庫に白ワインを入れておいたのに。前日の天気予報は曇りだったのに、朝起きたら、雨だった。

しょーがないので、日本科学未来館へ目的地変更。柊ちゃんはお家が好きなので、本当はもっと恐竜カードをつくりたかったみたい。それでも、アリーちゃんが遊んでくれるので「行ってみるかー」と少しのモチベーション。雨のなか、ふたりで歩いていく。僕はせっかちなので、つい先に行ってしまい、柊ちゃんはトボトボとついてくる。

信号のない横断歩道を渡りながら「柊、渡るよ」と振り返ったとき、どすんと僕は白いクルマにぶつかっていた。気づいたら、道路に座り込んでいた。お尻が冷たい。ひじから少し血が出ていた。まぁでも幸いにも、それくらいだった。運転手のおじさんに「横断歩道ですよ」と言うと、「見えていませんでした」と‥‥。じいじ丸は幽霊なのか。

そのころ、柊ちゃんがどんな顔でどうしていたのかは分からない。僕は、自分のことでいっぱいだった。それから、柊ちゃんは「じいじ、交通整理しなくちゃだめだよ。青は進め、赤は止まれ、黄色も止まれだよ」と説教を始めた。交通安全だと思うんだけど、飲み込んだ。「まぁでも柊ちゃんじゃなくてよかったね」と言うと、柊ちゃんはそれから同じセリフを繰り返すことになる。「じいじ、柊ちゃんじゃなくてよかったでしょ」‥‥。何度目かに、ほんの少しだけ「そんなにじいじ丸でよかったのか」と言いたくなった。でも、柊ちゃんは自分の気持ちに正直だけなんだよね。1日経って、思い出すとおかしくなるし、気持ちは分かる。

そして、日本科学未来館に行って、アリーちゃんに遊んでもらって、柊ちゃんはごきげんだ。僕は微妙に首が痛くて、もしかして‥‥と思うが、病いは気からなので、そんな思いを振り切る、断ち切る。それからお昼ご飯を食べて、外のテラスに出たら雨は止んでいた。

でも、地面は濡れていて、柊ちゃんは跳ねた雨水が足にかかったのが気持ち悪いみたいで、半ズボンの両はじを持ち上げて、ブルマみたいにして歩いている。久しぶりに見た、ブルマ姿。もう平成のころから見ていなかったと思う。「柊、恥ずかしいからやめてよー」と言っても、「おちんちんが飛び出しそうだよ」と言っても、聞かないふりして歩いていく。そのあとは、かえる跳びをしていた。「そろそろ、手を拭くよ」と言っても、すっかりカエルなので人間の声が届かない。3人でゆりかもめに乗って帰るとき「アリーちゃんは、なんこめの駅でお別れなの」と何度も聞いていた。

帰り道、家の近くで柊ちゃんが再び言った。「じいじ、柊ちゃんじゃなくてよかったね」と、たぶん柊ちゃんとしてもショックな事故だったんだな。それから、ふたりで話して、今日の事故はやまんばの祟りということになった。僕たちが、やまんば狩りと言っているので、やまんばが運転手のおじさんに乗り移ったんだと。

じいじ丸邸に帰って「アリーちゃん、また遊んでくれるかな」と言うので、動画でメッセージを送ってあげるから、「また、遊んでね」と言ってみてーと言うと、急にでんぐりがえしを始めた。照れ臭いのだろう。しょうがないので、アリーちゃんには、でんぐりがえしの動画を送っておいた。

それから夜ご飯を食べて、柊ちゃんは自分の家に帰る時間に。僕と柊ちゃんは、小雨のなか自転車で駅に向かった。いつもは、ふたりで「しゅうスピード」と大声を出しながら坂を下っていくのだが、その夜は安全運転だった。

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