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3人のやさしいバスの運転手さんについて

大人になった今でも記憶に残っている、
やさしいことばというものがある。
そのことばのうちの3つの話をしようと思う。
それは、昔バスで出会った3人の素敵な運転手さんから貰ったものだ。

スイミングスクールのバスの運転手さん

彼は毎週木曜日に私たち兄妹と何人かの子供をのせて、スイミングスクールと家の前を巡回するバスの運転手さんだった。
年齢はわたしの父母よりも少し上だろうか。

彼は私の兄と仲が良く、兄はいつも1番前の席に座っては、彼と話をしていた。私は真ん中あたりに座ってそれを眺めていた。彼は兄の友人だったのだ。
学校のこと、友達のこと、そんななんでもない話をいつもしていた。彼はいつも、どっしりと大きなバスをゆっくりと運転しながら、時折兄の話に相槌を打っていた。

スイミングスクールを終えて、兄とアイスを食べながらバスに乗ると、大抵は彼が運転手だった。
兄妹疲れて寝こけても、起こして家の前ではちゃんと下ろしてくれた。

ある日、彼が兄においしい焼肉屋さんを教えてくれたことがある。家族で早速行くと、安くて美味しい地元の人がこっそり通うようなお店で、以来我が家では焼肉といえばそこ!となるような定番になった。

「またね!」と私たちが言うと、
「またね」と彼はいつも言ってくれていた。

最後のスイミングスクールのバスでは、彼と兄は何か話したのだろうか。彼らは友人だった。


塾へ向かうバスの運転手さん

ささやくような、静かで優しい声がとても印象的な人だった。運転がやわらかで、揺れが大きな場所を通る前には毎回「地面が凹凸になっており揺れが激しくなりますので、お気をつけ下さい」なんてひとことを添えてくれる人だった。
歳は30代くらいだったろうか。

私はその運転手さんのバスに当たった日はなんだか良いことがあるようなしていた。揺れの少ない車内はついうとうとしがちだった。

ある日の帰り道、友達とバスでさよならをして、
いつものように帰り道を歩いていると、
後ろから
「お友達が手を振ってるよ」
というアナウンスが聞こえてきた。
びっくりして振り返ると、バスの中から友達が笑顔で手を振っている。バスの運転手さんがわざわざアナウンスで教えてくれたのだ。

次の週にお礼を言うと、彼は「さよならに気がつけて、よかったです」と笑っていたのを覚えている。

やさしい人のやさしい言葉は今でも私の中にのこっている。

大学の巡回バスの運転手さん

大学生の頃、写真の授業を履修していた私は、ポートレート(人物写真)を10枚撮ると言う課題を出されていた。
先輩、友達、親、兄…
バスの中で自分のカメラの履歴を見ながら、最後の1枚を誰にするか悩んでいた。
気がつくとバスは私ひとりだ。
「そうだ、バスの運転手さんにしよう」
ふと急に思い立った私は、終点の大学の駅に着いた時に、声をかけた。
「すみません、大学の授業で人物写真を撮りたいのですが…」
「え?僕ですか?」
「差し支えなければ…」
きょとんとした眼鏡の運転手さんは、にっこりしながらこう言った
「恥ずかしいなぁ、どうぞ、この大学の生徒さんですよね」
「はい」
「文化祭、実は見に行ってるんですよ、いつも」
「本当ですか?ありがとうございます」
「いえ…いつもすごくエネルギーみたいなものが貰えます、芸術に詳しいわけじゃないけど、なんだか好きで…」
なんて素敵なんだろうと思っていると、次のバスが来てしまい、写真をパシャリと一枚撮らせてもらった。
それから何回か同じ運転手さんに出会ったけれど、なかなか話までは出来なかった。


私はいま、二十歳を過ぎて仕事をしている。
時には嫌だなぁ、やりたくないなぁ、なんて思ってしまう事もある。
世界はトゲだらけの言葉が行き交っている。

だけど私がまだ子どもだった頃見た彼らのやさしさをふと思い出しては、私もそういう人でありたいなと時たま思うのだ。


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