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トーキーのひみつ|ショートストーリー

この小さな街には何ヶ月かに一度、
話し屋のトーキーがやってくる。

彼は、世界中を旅していて、街の人々に様々な国の話を語っては去ってゆくのだ。子供もおとなも夢中になって、彼の話を聞き、はるか彼方にある国の市場の活気を感じたり、夜の街の静かで寂しげな風を感じたりするので彼が去ったあともみな、彼が街に来るのを心待ちにしている。

機嫌の悪い酒屋の主人も、いたずらばかりの少年も、生まれたばかりの赤ん坊も、気難しい先生も、みんなが彼を囲んでお茶やお菓子を食べながら、彼の話に耳を傾け、時折質問をしそれに彼が答える。そうすることで、会話の花が咲いてゆく。
それはそれは、楽しい時間だった。

背の高い彼は顔を覆い尽くすほど大きな帽子と、目を覆う程に伸びた前髪、旅をしているためか大きなリュックをいつも背負っていた。

そんなたのしい宴が終わり、誰もが寝静まった夜。まだうんと幼かった私はそっと家を抜け出し、彼の後を追ったことがあった。

街の外に出た暗い森の中に、あの大きな帽子とリュックが見え、私は木々の影にそっと隠れながら、彼の背中後を追う。しばらく森の中を歩いていると、彼は帽子を脱いで立ち止まり、何かを願うように呟き始めた。

すると瞬く間に彼は大きな鳥になってゆくではないか。羽は黒い鳥だった。
私は大層驚いて、尻餅をついた。
彼は一瞬こちらに顔を向け、目が合った瞬間、私ははっとしてそして何か声を出そうとしたが、その声は喉の奥に消えていった。

彼は夜空に大きく羽を羽ばたかせ、飛び立ってゆく。私はその姿をどこか星座を見上げるように、遠くに遠くに見えなくなるまで眺めていた。

わたしは誰にもそのことを告げぬまま、過ごしてきた。それは彼への懺悔なのか、自分への戒めなのかは分からない。彼があれ以来、街に来ることは無くなった。私はあの後天文学を学び世界の星空を観測しながら、時折街に帰り、かつての彼のようにさまざまな国の話を聴かせた。

そうして時は過ぎ、私は病に伏せ、そろそろあの空に旅立つのだろうという予感がしている。これは記録であり、懺悔をしたためた彼への手紙でもある。

            親愛なるトーキーへ

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