【連載】第2回 ピンチをチャンスに変えて仕事を得るすべ(話し手:チカツタケオ)
村上春樹さんの『騎士団長殺し(新潮社)』をはじめ、湊かなえさんや東野圭吾さんなど著名な作家の装画(表紙の絵)、雑誌・文芸誌の挿絵など、数多くの素晴らしい作品を手がけるフリーランス・イラストレーター、デザイナーのチカツタケオさん。今回はチカツさんのお仕事のこと、ご自身が描きたい絵のこと、ピンチの切り抜け方、今の若いクリエイターたちに伝えたいことなど、たっぷりとお話を訊いてきました。
第2回 ピンチをチャンスに変えて仕事を得るすべ。
末吉
チカツさんは、お仕事の依頼が続いている状態だと思うのですが、なぜそうなることができたのでしょうか。チカツさんなりに、どうお考えですか?
チカツ
こんな面倒くさいこと、やる人が少ないからじゃないかな。
末吉
えっ…、それってどういうことですか?
チカツ
やっぱり、儲からない仕事をやっているから(笑)
末吉
あ~、なるほど。そういうことですか。
チカツ
仕事に限らず人は、お金を払うことによって何かしら払った金額分の見返りを求めているわけで。
末吉
もちろん、そうですよね。
チカツ
今の時代は、描く側からいえば「見返りに比例しているだけの労力以上のこと」をやらざるを得ない、というか。それでも今のところ「こういう絵も必要だ」と思ってもらえているようだから、仕事がまだあるんじゃないかなぁ。
末吉
ということは、クライアントさんが期待している価値よりも、チカツさんはもっと価値を提供しているということですよね? 面倒くさいこととか、時間でいうと合わないこともありながら。
チカツ
「お金を払ってでも、写真より絵にした方がいい」と考える人がいるから仕事がくるのだと思います。逆に「そのお金を払うなら、写真の方がいいね」って人からは、僕のところに仕事はこない。
でももっと景気が悪くなったときに、そういう人が、あとどれだけいるかなって考えることがあるんです。
末吉
なるほど、そうかぁ。実際にチカツさんと同じく写実的なお仕事をされている方は、そんなに多くはないんですか?
チカツ
いや、いますよ。
末吉
いることはいますよね、写実的な絵を描く方は。当たり前なんですけれども、一定以上というか、それ相応のものを提供できないと仕事にはならないですよね。
( 馳星周さんの『比ぶ者なき』の装画 )
チカツ
手を抜いた段階で、仕事はなくなっちゃうから。当然のことながら。
末吉
それは、いつも意識されているんですか?
チカツ
そこは、バランスですよね。常に120%のエネルギーをかけることができればいいけれども、締め切りと予算のある請負の仕事はそうできない場合もたくさんあるわけで。相手が満足できるレベルを超えつつ、時間をかけずにやるにはどうすればいいかって考えるかな。
末吉
ライフワークで描いている絵だけではなく、同時並行で仕事が走るから「プロとして1点だけでも最高の作品を」みたいな感じではダメだということですよね。
チカツ
うーん、それは意識していますね。どんなに出来が悪くても最低80点くらいの感覚でないと。
末吉
やはり、そうなんですね。淡々と長期にわたって、ある一定以上の基準で、期待に応える形でちゃんと描き続けられるか、みたいな。それは、プロといわれる人たちの定義のような感じがします。
チカツ
たぶん、仕事はすべてそうじゃないかな。ようは支払われる金額に対して、プラスアルファで返していかないと次にはつながらないですから。
末吉
ほんと、そうですよね。でも、またいくつかのバランスもあって、バランスを見ながら、ちゃんとやっていけるか、っていう。
チカツ
相手が求めているレベルも色々とあるけれども。それに対して、少なくとも最低そのレベルを超えるものを返していかないと、仕事は続かないんじゃないかな。
( チカツタケオ展「その時、あの時」の風景 )
末吉
続けて仕事の依頼がくるということは、そういうことですよね。プラスアルファで返していくということを、ずっとやり続けていく。
ほかにチカツさんが大切にされていることはありますか?
チカツ
そうですね、締切は大事ですね。というのも、20代の頃、大きな会社で働いていたことがあったんです。
末吉
へぇ~、そうだったんですか?!
チカツ
そのとき、僕の方からデザイナーさんやコピーライターさんに、仕事を頼むことがあって。業界の人の中には、締切りや時間を守らないで遅れてくる人がたまにいるんですよ。
そうなると、約束までに原稿ができていないと、僕は営業の人たちやクライアントさんに怒られるんですね。クライアントは一般企業の人たちですから。だから、やっぱり仕事である以上は、時間を極力守ってやることが大切ですよね。
末吉
発注する側の立場も経験されているから、余計に締切の大切さを感じられるのかもしれませんね。
チカツ
期限を守れなくても、それを超えるだけの作品を創れる人は残るかもしれないけれども。僕は、そういうレベルじゃないから。
末吉
ところで、こうしてお仕事がくるようになる前、ほんとにお仕事がなかった時期もあったとお聞きしました。
チカツ
2006年9月に絵の仕事に切り替えたいというのもあって、それまでやっていた仕事を人に譲ったりして、フランスに絵を描きに行きました。フランス滞在時は仕事をしていなかったし、2008年の2月にフランスから日本に帰ってきても、1年以上ほとんど仕事をしていなかったんです。昔の知り合いから、たまに仕事をもらってただけで、まるっきり赤字でしたから。
(チカツさんが滞在した南仏Aix en Provenceの風景)
末吉
2年半以上ほとんど、ですか?
チカツ
ある程度は貯金を残して日本に帰ってきて。3年くらいの間に、立て直したいなっていう気持ちがあったんだけれども、リーマンショックや震災で昔の知り合いも廃業したり、縮小したりで7~8年経っても立て直すことはできなくて。
末吉
えっ? その7~8年というのは?
チカツ
日本に帰ってきてから。
末吉
ということは、今もですか?
チカツ
完全な立て直しという意味ではまだまだ・・・。だって、4年前に大ピンチになって、それが2013年くらいか。すでに帰国後5年間はずっと赤字に近い状態だったところに追い打ちをかけて大ピンチ!
貯金がみるみるうちに減って、この歳で預金が30万円切りそうになって「このままだと近いうちに家賃も払えないかもしれない」みたいな。さらに、身内も自分も体調不良だとかが重なったり。ふと我に返ったときから、この細い自分がストレスで1ヶ月で5キロ体重が減りましたから。
末吉
うわぁ…、ほんとうに大変な状況だったんですね。そんなところから、どうやって抜け出したんですか?
( チカツさんの仕事場に置かれた小物 )
チカツ
とにかく自分でもっと動かないといけない、と思いました。
末吉
自分から行動を起こす?
チカツ
そう。大ピンチになる前は、できるだけ売り込みは制限して、貯金が尽きるまで自分の作品をひたすら描こうと思っていたから。
末吉
本当に描きたい絵だけを描いていた、と。
チカツ
とにかく、自分が描きたい絵をまず描いちゃおう、って決めていたんです。でも、2013年から2014年の夏あたりかな。ポツポツはあった仕事も、ほんとにピタッと止まって、一気に貯金がなくなった。
気に入っていたカメラをはじめ売れるものは売ったり、バイトを探しはじめて。でもバイトすら、ある程度年齢がいっちゃうと自分の都合に合う仕事を探すのは極めて難しい。結局、知り合いがやっている靴の修理を手伝ったり。そのときはこれだけはやりたくないなと思っていたポスティングの仕事もしました。
末吉
えっ、( ポスティングも )実際にやられたんですか?!
チカツ
もう、すごい嫌だった。
末吉
それは、何歳のときですか?
チカツ
48~49歳かな。
末吉
わぁ…。
チカツ
「このまんまじゃいけない! 」となって、文芸誌の挿絵やもう一度デザインの仕事も積極的にやり始めて。それまでは「やります! 」という感じではなかったんだけれども。挿絵とかは僕の描き方だと大変なわりに、そんなにお金になるわけじゃないから。あとは、今のうちにまず個展をやっちゃおうと。
末吉
そして、個展は実際に開かれたんですか?
チカツ
はい。少しでもお金があるうちにやっちゃわないと、いつかはと思っていた個展すらできなくなる可能性があると考えるようになったから。消極的だった売り込みもファイルを送る出版社をすべて書き出して、会ってくれるところは電話して。
その中で一番大きかったのは、デザインの仕事がきたことですね。デザインの仕事の依頼がたくさんきたことで、そこから貯金ができるまでに回復したんです。
( queue galleryでの展示会の風景 )
末吉
それはすごいですね! 何かきっかけはあったんですか?
チカツ
僕がフランスに行く前のデザインの仕事が中心になってしまっていた時代に、装丁の仕事を教えてあげていた女性のデザイナーさんに子供ができたんです。産休する彼女の仕事を、代わってくれないかって話がきて。
末吉
そういった流れで、今はその延長線上にいる、と。
チカツ
そうですね。
末吉
やっぱり、自分から扉をひらくというか?
チカツ
外に出ていくということかな。お金がなくなりはじめると、人の個展も交通費を惜しんで行かなくなったり、どこかで何かイベントがあっても行かなくなる。そうすると出会いが減っていくし、身体も動かさなくなるから体調もすぐれなくなるんです。
末吉
あぁ、負のスパイラルですね。
チカツ
だからあの当時、プールに行き始めたり、人の個展にも頻繁に足を運んだり。いつも外に出て自分を忙しくすることを考えていましたね。ピンチになっちゃうと、どうしても内にこもってマイナスの思考になりがちだから。
( チカツさんの仕事道具の写真 )
末吉
あえて、外に出ていったと?
チカツ
そうですね。あとは誰かが言ったポジティブな言葉を書き出して、パソコンでいつでも見られる状況にしておきました。精神的に結構参っていたから。
末吉
そんなこともされていたんですか。
チカツ
ポジティブに持っていかないと、うつのような状態になっちゃうから。
末吉
意識的にされていた、ということですよね。今もやはり、それは大切にしているんですか? 引き続きある程度はやられている? ポジティブな言葉を書き出したりだとか。
チカツ
上手くいってないかなと感じたら切り替えて、ポジティブに考えることはしていますね。
末吉
そこからは基本的に、つながりで仕事の依頼はくるようになってきた?
チカツ
今思えば、3〜4年前のピンチはプラスに考えるとすごくいいことで。たとえば、バイトって日給1万円にもならない。それを考えるんだったら、「せっかく僕は絵が描けるんだから、予算的には多少厳しいちょっとした仕事でも収入にして、その合間に自分の絵を描いていった方がいいんじゃないか」という考えに切り替わったんです。
ただ待っていても仕事はこない。結局仕事は人のつながりが重要だし、何がどうつながって行くかはわからない。わかっていたつもりだけど、ピンチになって再認識しました。
末吉
ずっと自分が描きたい絵だけを描いていたら、今とは違うカタチになっていたかもしれないということですよね。
【 profile 】
チカツタケオ
デザイン事務所数社に勤務の後'98年よりフリーランスイラストレーター、デザイナー。'06年青山塾イラストレーション科修了。’06年9月〜'08年2月南仏Aix en Provence滞在。’07年ザ・チョイス年度賞優秀賞。'09年第8回TIS公募金賞。
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