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人を愛す風来坊~漫談家ナオユキ~

ステージの上に、センターマイクが物言わず悠然と立っている。

時間になると、どこからともなく音楽が聞こえてくる。アンニュイで、どこか物悲しさを漂わせるアコーディオンの音。その音の中、一人の男がゆっくりペタペタと歩いてステージへと上がってくる。そうか、この音は出囃子か。

出囃子の中出てきた男は、中背で、頭にハンチング、程よい口ひげをたくわえ、着の身着のままというような味のあるラフな出で立ちで、表情も歩みも淡々と、センターマイクへと向かっていく。

マイク前に立つと、ステージ・客席の中に流れる空気に身を任せ揺蕩うように市井の風景を訥々と語り始める。普通生きていると、見落としてしまうような日常の矛盾点を、独特なひねた目線から、時にツッコみ、時に嘲り笑う。その語りにジワジワと心をくすぐられる。心地いい。

日常に当然時間が流れているのと同じように、語りの中にも帳が下り始める。すると、語りの舞台は「酒場」へと一変する。色んな事情を重ねた、でたらめで、イカれた人達が集う場。疲れ果てたサラリーマン、イカした姉ちゃん、ダメな酔っ払いのおっさん…そんな人達の姿を、寄り添いながら、突き放しながら、まるでブルースを歌うかのように、語りでスケッチしてゆく。まるで一遍の詩のようなフレーズの数々。気づくと、語り手はその話の世界へ完全に溶け込んで眼前から消え、聞き手の目の前にはガード下の安酒場、立ち飲み屋、雑居ビルの4階にあるでたらめな酒場が広がっている。

おかしくて、どこか悲しくて、でもやっぱりおかしくて。

漫談家・ナオユキが、好きだ。

最初にこの人の芸を知ったのはいつだろう。過去、ダックスープという漫才コンビだったという事は後になって知るが、自分が初めて見た時は、すでに一人芸だった。確か初めて見たのは、NHKで日曜のお昼にやっていた演芸番組「笑いがいちばん」だったはず。「笑いがいちばん」。何と懐かしい響きか。テレビ、ライブの第一線で活躍する若手から、寄席・演芸場を根城にする中堅・ベテランまで、漫才、コント、落語、諸芸の垣根無く、審査員もバトルも何もない、眼前の客とテレビの前の茶の間を楽しませる純然たる演芸番組。この番組をきっかけ芸を知った芸人は数知れず。自分の演芸バカ人生に拍車をかけたきっかけになった番組。

閑話休題。アトランダムな演者の中にナオユキさんはいた。どんなネタをやっていたかは失念してしまったが、センターマイク1本のひとり喋りは変わらず。でも、今のようなラフなファッションではなくて、黒のスーツに身を包み、今よりもしゃべりのテンポはかなり早かったように記憶している。「自分が知らないだけで、まだ世の中には色んな芸人がいるんだ」と思いながら眺めて、「ナオユキって人初めて見たけど、とっつきにくさもあるが面白いし、カッコいいなぁ。スタンダップ・コメディって、こういう感じなのかしら?」と脳裏に印象深く刻まれた。

そこから時間は大きく飛び、ファーストインプレッションはすでに忘却の彼方へと追いやられていた。再び邂逅したのは、2009年。ピン芸人頂上決戦・R-1ぐらんぷり。この年から準決勝敗退者から決勝進出者を選定する敗者復活戦が導入された。厳選されたメンバーの中に、ナオユキさんがぽつねんと佇んていた。初めて見た時と醸し出す雰囲気は何も変わらないが、出で立ちは初めて見たダーク系のスーツではなくて、今のようなラフなファッション、ネタも早いテンポではなく、ゆったりと間と引きの妙を楽しむ芸へと変化していた。フラッと舞台に現れ、前置きも何もないまま、センターマイク前で日常の矛盾を淡々とアトランダムに喋り、「時間が来たんでこの辺で」とポツリと言うと、一礼も何もせずフラフラと舞台から降りていった。確実な受けもありつつ、どこか呆気に取られているかのようにも見えた会場の空気。この時のメンバーはくまだまさし、もう中学生、天津木村とモンスターのオンパレード。その中で唯一のセンターマイク1本の漫談。その孤高とも言える存在感とセンスに、気か付いたら惹かれている自分がいた。

翌年2010年も敗者復活戦に参戦し、2011年には正面突破で決勝進出を果たした。ネタ前のVTRで流れた彼のコメントが印象的だった。

「(2年連続で敗者復活で敗退して)これで終わってる方がエエんかな、なんて思ったけど、対応しきれへんかったってことで終わってまうのも、癪に障ると思って、出ようと思ったんやね…」

感情を表に出さずに淡々と喋る芸風の彼から、内に秘める炎みたいな物が垣間見えた気がした。この年はトーナメント方式で、当たった相手が前年のM-1で日本中に衝撃を与えて尋常じゃない追い風が吹きまくっていたスリムクラブ真栄田。結果敗れてしまったが、自分の中で確固たる確信が生まれた。「自分はこの人の芸が好きだ。追いかけよう」と。

数年準決勝止まりが続き、もう一度決勝の舞台であの芸を見る事はなかった。R-1決勝へ進出した事による特需か、当時流行りだったいわゆる「ショートネタ」番組にも何度か呼ばれていたのを見たが、あの芸風で1~2分のネタ時間はあまりにも違和感しかなかった。確か「爆笑レッドカーペット」には2回くらい出演していたように思う。

その後はマイペースに活動する様がたまに耳に入ってくる程度の距離感が続く。稀にテレビ出演の噂を聞くと、自分の住む地域でも見られる物は必ず録画して何度も見返した。この辺りから自分はTwitterを始めるようになり、何の気なしに調べてみると、ナオユキさんのアカウントに巡り会った。すぐさまフォローをし、たまに見かけた番組の感想や応援メッセージを送るようになった。律儀に毎回返事を返してくれる人柄に、好きと憧れの熱は何年も維持されていった。後の展開を思い返すと、SNSをやっていて本当に良かったと思う。

2018年8月30日。狸小路とすすきのの間にある雑居ビルの中に、とある小さな居酒屋がある。初めて来る場所に緊張しながら、意を決して恐る恐る中へ入ってみた。自分の数メートル眼前で、他の客と談笑しているナオユキさんがそこにはっきりと居た。

夏に落語家数名を始めとした演芸家複数人でのライブが開催される情報をツイッターで知り、そのメンバーの中にナオユキさんが入っていた。生で見る事なんて想像もしていなかった好きな芸人の芸を生で見られる。余計な考え・思いが全て消え、ただただ胸がときめいた。さらにその前に、ナオユキさんが札幌の酒場を何件か巡ってライブを行う情報も併せて入ってきた。ツイッターを介して、活動は定期的に目に入ってきていたが、寄席や放送以外にも、酒場でのライブ活動という他の芸人にはないその味のある稀有さに常日頃から惹かれていた。画像もよくTLに流れてきたが、その酒場でのライブの様がめちゃくちゃカッコいいのだ。1度は酒場であの人の芸を見たいなー、と思っていただけに、この報せは青天の霹靂以外の何物でもなかった。

「うっわ、ナオユキさんおる。本物だ。」と、ときめきと緊張が入り混じった状態で何とか空いてる席に座り、落ち着こうとした刹那、なんと彼の方から自分に近づいてきた。そして、開口一番。

「ツイッターでよくメッセージくれる方ですよね?あー、やっぱりそうだ。R-1の頃からずっと応援メッセージくれて。そんな気がしたんですよ。やっと会えましたね。(ニヤリ)」

自分のことを把握していてくれたのだ。ただ、ただこの人の芸が好きという一心で何年も追いかけてきた。その追いかけてきた人が、自分の事を認識していてくれた。「嬉しい」以外の感情が見当たらない。嬉しさのあまり、自分がいつからネタを見続けてきたのかを詳細に熱量高く話してしまった。周囲の人はその熱量、情報量にちょっと引き気味な感じだったが、彼は自分の話に興味深く耳を傾けてくれた。

開演の定刻になり、店内にいつものあのアンニュイな出囃子が流れる。店内の奥には物言わないスタンドマイクが佇んでいる。見慣れた気怠い調子でマイク前に向かい、いつものテレビ越しで見ていた世界が眼前に広がった。テレビでは絶対に有り得ない3~40分の長尺の漫談を2本。後半からは、なんと焼酎の水割りを片手に、呑みながら漫談を語り始めた。語りの世界の中にいる愛すべき酔っ払い達と、酔いどれてゆくナオユキさんが一体化してゆく。1時間半以上、途切れる事のない爆笑が続いた。物凄い経験をした一夜。当然興奮のあまり、まともに睡眠を取る事が出来ず、グロッキー状態で無理矢理仕事をしたのも今となっては、いい思い出だ。

果たして、数日後の合同ライブも落語家に負けないくらいの大爆笑をかっさらっていた。冗談抜きに、キャパ数百の会場が爆笑で揺れた。その恐怖にも似た興奮は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。オチを言い、舞台を降りる直前、圧巻の完成度と盛り上がりに、普段あまり興奮しない自分が思わず歓声を上げてしまった。歓声を上げた刹那、自分でもどうしてこんな事をしたのか驚いた。だが、その歓声を上げた自分に向かって、彼はニヤリとしながらビシッと指をさして、舞台を後にした。その粋さとカッコよさたるや…。仲入り中、ナオユキさんが物販に自ら立つとの事で、すぐに並びに行った。漫談のCDを買ってくれた客の名前を聞いて、その名前と自身のサインCDパッケージに書いてくれるサービスを行っている。順番が徐々に進み、自分の番。緊張した面持ちでCDを購入し、自分から名前を言おうとした瞬間。ナオユキさんの方から「チョク君って書いておくわ。」と言ってくれた。好きな芸人に存在を認知してもらえるだけでなく、名前をしっかりと覚えてくれている喜び。CDは大切に保管し、今もたまに呑みながら聞く。自分の大切な宝物。

独特のリズムで、淡々と紡ぎだされる情景観察と人物描写。視点の鋭さが際立つが、彼の漫談は決して嘲笑だけで終わらない。日常のどこにでもいる理不尽や矛盾にまみれてる人々から自然とにじみ出る可愛らしさ、可笑しみを鮮やかに、さりげなく掬い上げてゆく。その言葉は一見すると確かに鋭いが、同時に温かさや優しさを感じさせる。「上手くいかなくても、めちゃくちゃ苦しくても、ダメダメでも、別にいいじゃない」と。だから、どんなに鋭い指摘でも、そこに角が立たない。そして最後には、当たり前な事だが、生きていく内に見落としてしまいがちな事に気付かせてくれる。「人間って、面白くて、愛おしい」という事を。

今日もどこかの酒場で、焼酎の水割り片手に揺蕩いながら、酔いどれながら、市井の人々に語りで寄り添ってるだろう。また会いたい。

酒を愛し、人を愛す、演芸界を揺蕩う孤高の風来坊。それが漫談家・ナオユキ。



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