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給付金4630万円誤送金問題について法的側面から考えてみる

・はじめに

 現在ニュースやSNSのトレンドなどを賑わせている給付金4630万円誤送金の問題について、SNSを始めとしたネット上で、
 
 「この問題において、誤送金されたことを知りながら返還を拒否した男性は罪に問われるのか?(もしくはそもそも何かの罪に問われるのか?)」

といった内容のツイートやコメントが多く見受けられ、筆者自身も気になったので、執筆時点(2022年5月19日)で判明している事を整理し、概要を見つつ、今回の件ではどういった法的問題が考えられるのか?といった事を考えていきたいと思います。

・1.事件概要


 事の発端は4月8日、山口県阿武町の職員が、住民非課税世帯への臨時特別給付金10万円の配布手続きをしようとした事に端を発します。
 この時、阿武町職員が誤って4630万円を男性の口座に振り込んでしまい、気づいた銀行職員が阿武町に連絡、阿武町側は銀行に当該取引の停止ないし相手方(男性)の口座を凍結してほしいとしたが、手続き上、振込先の協力で組戻しの手続きをしなければならないと銀行側はこれを断りました。
 その後、町職員が男性宅へ誤送金の謝罪に行き返還を求めた。当初男性は返還(組戻し)に協力的な姿勢であった為、車に同乗し金融機関に移動した。しかし、金融機関に入る直前になり突如「今日は手続きしない」と拒否。

 4月10日、男性から弁護士と相談すると電話連絡があり、阿武町は男性の母親に説得を依頼し、4月14日男性の勤務先で母親同席で面会するも、男性は役場に非があると述べ、弁護士と話すの一点張りをし、阿武町側の話が通じる状況ではなかった。4月15日には男性の弁護士から「近日中に手続きを行う」といった連絡が入ったが、その後連絡がなかった為、4月21日に町役場が男性宅を再訪問し面会した。その時「お金はすでに動かした。」「もとには戻せない。」「罪は償う」といった事を述べた上で返還を拒否しその後音信不通になった。

 その後5月12日に誤送金の返還を求め、阿武町側が男性を提訴。誤送金4630万円と弁護士費用を含めた5100万円の支払いを求めた。
 5月16日に弁護士が記者会見をし、「警察の要請を受け、任意の事情聴取を受けている。男性本人は給付金を所持していないので返還は難しい。」といった事を述べた上で、「男性とは連絡が取れているので所在不明ではない」とし、今後も事情聴取に協力する考えを示した。

 そして5月17日には、誤送金はネットカジノで使い切ったと公表された。阿武町の花田町長は「弁護士の聴き取りに対して男性本人が言っただけ。はい、そうですかという話ではない。」と述べ、公金の回収に全力を尽くしたいと記者会見で語った。
 翌日5月18日、男性側は謝罪と返還の意思を示し、代理人弁護士によると「お金を使ってしまったことは大変申し訳なく思っている。少しづつでも返していきたい」と述べていたという。

 そしてこの記事を書く数時間前、5月18日の夜、警察は振り込みを受けた24歳の男性を電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕した、と報じられました。

・2.今回の事件の法的解釈

 まず、法的な問題点を考えるにあたって民事事件刑事事件という大きく二つの性質に分けた上で今回は民事について考えていきたいと思います。(刑事事件としての性質については後日機会があれば改めて別の記事で考察できればと思います。)
 当り前じゃない…?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、SNSなどを見ているとどうもこの辺を一緒くたにして意見を述べていたり、感情的に「とにかく罰を与えるべき!」と言っている人などが多数見受けられましたので、ここではきっちりと分けて考えようと思います。

 民事事件:不当利得に当たる
 
民法703条では「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」…と定められている為
 「法律上正当な理由もないのに、他人(阿武町)の財産(誤送金)または労務によって利益(不当利得)を受けている」24歳の男性には返還義務があり、阿武町側は男性に対し、誤送金した4630万円に関する不当利得返還請求権を有している為これを行使する事が出来ます。(5月12日の提訴がこれ)

  付け加えて、民法704条で「悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。」と定められており、得られる利益が不当利益であることを知っていながら利益を取得した者は不当利益の元本全額のみならず、年利3%の利息をつけて返還しなければいけません。
 今回の事件の場合、4月8日に町職員が男性宅に誤送金の謝罪と返還請求をしに行った段階ではまだ男性の口座に誤送金が使用されずにあり、その後4月19日付までに計34回に渡って計約4633万円が出金された…という口座取引記録が確認されているため、「男性が自分のお金ではない(不当利益である)」と認識していたと言える証拠があるとされ、上記の704条を適用し、「元本(約4630万円)+年利3%の利息(年間約139万円)」が請求される可能性が高いと考えられます。

・3.なぜオンラインカジノに全額使ったんだろうか?

 またこれは筆者の想像であり余談ですが、4630万円もの大金をたった2週間弱で全てオンラインカジノで溶かしたという男性の行動の理由(動機)として、SNS等の一部では「一か八かギャンブルで勝てば誤送金返還しても利益が出るから賭けに出たんじゃないか?」といった意見がまことしやかに囁かれていますが、筆者としては「それもあるのかもしれないが寧ろ703条の知識を悪用しようとした面が強いのでは?」と考えています。
 というのは上にも書いたように703条では「法律上の原因なく….者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う」と規定されているんですが、実は判例などによれば「ギャンブルで浪費したお金は現存利益(利益の存する限度)に含まれない」んですよね、つまり、「ギャンブルで浪費したから金はもうない!負けて一銭も残ってないから得してないし、そもそもお金が入らなければこんな浪費しなかった!ノーカン!返さなくていい!」ってな感じになる訳です。
 その一方で「借金の返済に充てたり、生活費に充てたりした場合には現存利益がある」という認識になり使用したお金(と残ったお金)は返さないといけません。
 以上のことを考えると、今回の誤送金された男性はこの事を知っていて、ギャンブルで浪費したから返還しなくていいでしょ?という主張で対抗できるようにする為に他の事にはお金を使用することなくオンラインカジノで全額浪費しようとしたんじゃないか…?という風に心根の腐っている私などは邪推してしまいました()
 ただ、勘違いしないで頂きたいのはこれはあくまで不当利益を得た人が善意…つまり本当は自分のお金ではないという事を知らなかった場合に限られているので、悪意(自分のお金ではないと知っていた)の場合は703条によって全額+利息を返さないといけないので今回の事件の場合はギャンブルで浪費したから返さなくていいという論法はまず使えないと考えられるでしょう。

・4.結論

 今回の事件は行政による振り込みミスという珍しい事件であると同時に男性側が全額ギャンブルで溶かした!お金は返せない!という驚愕の対応をとるなどしたためか非常に社会的注目度が高く、連日ニュースなどでもこの話題が上がっていたので筆者も成り行きを注視していました。
 一見変わった事件ではありますが、不当利得返還請求という民法の重要かつ基本的な条文が利用されるという点や、これが行政と個人の間の問題であるといった特殊性などの点から法律に興味のある方や法学部に入り今民法を勉強している最中といった学生などにとっては良くも悪くも良い勉強材料になるんじゃないかなぁと思いました。
 また、今回の事件から口座によくわからないお金が入っていたときは安易に手を出すことなくしっかりと確認し、返還すべき時は大人しく返還するといった、社会人として理性ある行動をとった方が身のためであるといった事が改めて周知されたと思いますので、当然の事ではありますが不審なお金には一層気を付けて生活していきたいですね。


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