世界のおわりと彼女のはじまり

1 最初に星がひとつ消える

夜空にかがやく星・星・星。
白いの、赤いの、オレンジの。
それぞれの色で輝く星・星・星。
あるものはひとりぼっちで。
あるものは群をなして。
空の端には半かけの月。
夜空をかたちづくる星たち。
それがひとつ――
フっと消えた。
「あっ――」
小さな口からこぼれる小さな叫び。
「星が消えたわ」
夜空を見あげる彼女と彼。
「星がひとつ消えたわ」
彼女の瞳に夜がひろがる。
「ねえ、あなたも見たでしょ?」
「ああ、ぼくも見た」
彼が答える。
「たしかに星が消えた。つまり――」

「誰かが生まれたんだ」
「えっ?」
彼女は驚く。
「どういうこと?」
彼を見つめる彼女。
「星が消えると誰かが生まれるの?」
彼女の瞳にひろがる彼の横顔。
「ホントに? なぜ? ねえ、どうして?」
「その答えはここにはないよ」
彼女に顔を向ける彼。
「その答えはここにはないんだ」
「じゃあ、どこにあるの?」
「星と月の館」
「プラネタリウム」
彼の言葉をなぞる彼女の小さな口。
「いくかい?」
「いきたいわ」
「じゃあ、いこう」
ニコっと笑う彼。
「ついておいで」
歩きはじめる彼。
彼の背中をとらえながらあとにつづく彼女。
夜空の下を歩く彼と彼女。
夜空の下を歩く恋人たち。
やがて――
星と月の館が見えてくる。
プロローグの終わり。
夢のはじまり。


2 プラネタリウム

天井を埋めつくす星・星・星。
星と星を結ぶ白い線。
星座、星雲、そして、月。
彼らを照らしだすライト。
館内を駆けめぐるBGM。
「これがプラネタリウム?」
ネコのように丸く輝く彼女の瞳。
「これがプラネタリウムだよ」
うなずく彼。
天井を見あげる彼女。
「思っていたのと、ちがうわ」
不満げな口調。
「どこがちがう?」
「そうね。まず――」

「音楽がちがうわ」
「どうちがう?」
「静かな曲が流れてるもんだと思ってた」
「たとえば?」
「サティのピアノ曲とか」
だが――聞こえているのはR&B。
ズンズンチャーンカズンズンチャ。
ズンズンチャーンカズンズンチャ。
リズムにあわせて踊り狂う若者たち。
「これじゃあ、まるでディスコだわ」
「いや、むしろ」
ふたりの背後から別の声。
「ゴーゴークラブと呼んでもらいたい」
ふりむくと、そこにいるのは中年男。
丸々と太ったニコヤカな顔。
背広の柄は星と月。
ネクタイも同じ柄。
「わたくし、当館の館長」
名刺を差しだす。
「アラララと申します」
「アラララさん?」
クスっと笑う彼女。
「へんな名前」
「自分でもそう思います」
うなずくアラララ氏。
「でも、こればかりはしかたありません」
あいかわらずニコヤカに。
「私の父親はアララララといいました」
説明。
「その息子の私はアラララ」
もうひと言。
「そして私の息子はアララ」
「それじゃあ、お孫さんができたらアラ君ね」
納得する彼女。
しかし、すぐに首をかしげる。
「そのまた子供の名前はどうなるのかしら?」
「さて」
アラララ氏も首をかしげる。
「それを知っているのは私の父親だけでしたから」
表情にかげり。
「でも、その父ももうおりません」
目に涙。
「死んでしまったのです」
丸いほほを丸い涙がつたう。
「だから、答えを知る者はもう誰もいないのです」
「そう、死んじゃったの」
同情。
「お気のどくに」


「父は死んで、星になったのです」
天井のきらめく星を見あげるアラララ氏。
「空の果てに小さく浮かぶ星に」
「あっ」
彼女は気づく。
「それで星が消えたら誰かが生まれるんだ」
「ほう」
感心するアラララ氏。
「お若いのによくごぞんじで」
「ちがうの。この人が教えてくれたのよ」
彼の方に顔を向ける彼女。
だが――
そこに彼はいない。
「どこへいったのかしら?」
館内を見まわす彼女。
しかし、どこにも彼の姿はない。
そのかわり、彼女の瞳には――


3 明日を買う女

彼女の瞳にうつる若い女。
ミニのワンピース。
ロングブーツ。
仏像のような美しい顔。
そして、黒くて長い髪。
踊り狂う若者たちに近づく女。
「ねえ、あんたたち」
自分も踊りながら。
「明日を売ってくれない?」
「なんですか?」
聞きかえす若者。
「明日を売ってくださいな」
「そんなこというてもなあ」
困惑した表情。
「おれのもんやないからなあ」
「いいえ。若者になら売る権利があるわ」
踊りながら言う女。
「だって、若いんですもの」
「売ろ売ろ、明日なんか」
なげやり気味に叫ぶ別の若者。
「そや、売ってまお」
「売ったろ売ったろ」
「大安売りや」
賛同する一同。
「じゃあこれにサインして」
紙キレを差しだす女。
おもしろがってサインする若者たち。
プラネタリウムに紙キレが乱舞する。
それを奪いあう若者たち。
回転数の狂ったBGM。
紙キレの一枚を拾いあげる彼女。
「明日に関する一切の権利を譲渡します」
彼女のかたわらをすりぬけ立ち去ろうとする女。
手には紙キレの束。
「あっ、待って」
女のあとを追う彼女。
外へ。
「ちょっと待ってよ」
立ちどまり、ふり向く女。
空には本物の星・星・星。
星の光と月の灯りが混じりあい女を照らす。
「いったいどういうことなの?」
「誰も明日なんか望んでないって証拠よ」
サインが書かれた紙キレの束。
「ただそれだけのことだわ」
「それだけ?」
「かつては夜の闇=夢と同じように、明日=夢だった」
哀しそうな表情。
「でももう明日は夢じゃなくなったのよ」
「いつから?」
「たぶん、そう――」

「あしたのジョーが死んでから」
悲痛な表情。
おもわず顔をそむける彼女。
バサっという音。
驚いて女のほうへ向きなおると――
「あっ」
そこに女はいない。
そこにいるのは紙キレの束でできた人形。。
風が吹く。
飛ばされる紙キレの束。
バサッ。
バサッバサッ。
夜空に乱舞する紙キレ。
立ちつくす彼女。
いたたまれなくなり――
走り去る。
場面転換をしらせる拍子木の音が、
チョン!


4 名無しの案山子

夜空を埋めつくす星・星・星。
夜空を見あげる彼女。
「ここはどこかしら?」
「ここはどこでもありません」
どこからか男の声。
「そして、どこでもあるのです」
「だあれ?」
あたりを見まわす彼女。
「どこにいるの?」
「ここにいます」
ヌーと現れる男。
「あなたはだあれ?」
「見てのとおり案山子です」
藁の髪に麦藁帽。
墨で描かれた顔。
「名前はありません」
藁のからだにボロボロの服。
「ですが、まあ、スナフキンとでも呼んでください」
「スナフキン?」
「ええ。ギターだって弾けますよ」
自慢げに胸を張る。
「もっとも今日は持ってきてないので披露できませんが」
墨の表情は変わらない。
「なんならギターなしで唄いましょうか」
リズムをとる。
「あめ~にぬ~れたつ~おさ~び」
「ダメよ、それいじょう唄っちゃ」
「なんですか、急に」
案山子は不満げ。
「気持ちよく唄っているのに」
「だって」
彼女も不満げ。
「それいじょう唄うと著作権料を取られちゃうわ」
「あ、そうか」
案山子の態度はあらたまる。
「いやあ、よくぞ止めてくれたもんだ」
そんな案山子を見て彼女はウフフと笑う。
案山子もワハハと笑う。
「ねえ、案山子さん」
笑いながら彼女はたずねる。
「こんなところでなにをしているの?」
「なにをって、決まっているではないですか」
「なあに? わからないわ」
「あなたを待っていたんですよ」
「あたしを?」
彼女は驚く。
「ええ、あなたを」
案山子はサラリと言う。
「さあ、いきましょう」
そして歩きだす。
「いくって、どこへ?」
「まったく――」
腰に手をあて振りかえる案山子。
「こまったお嬢さんだ」
「だって、わからないもの」
彼女は口をとがらせる。
それでも可愛い彼女のくちびる。
「いいですか」
噛んでふくむように案山子。
「天気輪の駅に決まっているでしょう」
「銀河ステーション?」
彼女は眼を丸くする。
それでも可憐な彼女の眼もと。
「さあ、いきますよ」
ふたたび歩きだす案山子。
その背中を見つめながらあとにつづく彼女。
星と月がきらめく下を歩くふたり。
やがて――
駅が見えてくる。
今度は、拍子木の音は聞こえない。


5 雪を渡るバス

彼女はバスに乗る。
銀河ステーションからバスに乗る。
ワンマンバス。
ほかに客はいない。
案山子ももういない。
運転手とふたりだけのバス。
クジラの腹の中もきっとこんな風なんだと彼女は想う。
バスは疾る。
「三四郎は変わったやつでしょう」
唐突に運転手の声。
思考は遮られる。
「三四郎?」
「あの案山子のことですよ」
「あら、あの人には名前がないって」
運転手の背中を見ながら首をひねる彼女。
「あたしにはスナフキンって呼んでくれって言っていたけど」
ハハハと笑い声。
「あいつはね、女性にはそう呼んでほしいんですよ」
前を見ながら運転手。
「私たちは三四郎って呼んでいます」
運転手の顔は見えない。
後頭部と背中が見えるだけ。
どんな顔なのだろう。
キツネのお面をかぶっているのかしら。
それとも牙が生えているのかも。
そんなことを考えながら窓の外に眼をやる。
「まあ!」
思わず声をあげる彼女。
「雪よ! 雪だわ!」
窓の外は一面の雪化粧。
月の光をあびてキラキラまばゆい。
その上をキックキックと疾るバス。
「そりゃあたりまえですよ」
運転手が運転しながら。
「あそこへは雪を渡らなきゃいけませんもの」
「あそこって?」
雪にはえる彼女の美しい顔。
「ねえ、このバスはどこへ向かっているの?」

「ねえ、答えてよ。目的地ってどこなの?」


「どこかへ」
そう言ってふりむく運転手。
その顔にはキツネの面。
くちもとから牙が二本。
ニヤリと笑うキツネの面。
そのとたん拍子木の音が夜を切りさく。
チョーン!


6 百億の闇と千億の夢

月光のスポットライトの中にひとり立ちつくす彼女。
「あそこってここのことなのかしら――?」
あたりを見まわす彼女。
しかし、なにも見えない。
まわりは漆黒の闇。
「ここと思えばここ」
不意にそんな声。
「だが、そうでないと思えばそうでない」
声のほうへ顔を向ける。
「きゃっ!」
彼女は叫ぶ。
おどろくのも無理はない。
闇の中に眼玉が浮かぶ。
ひい、ふう、みい――
あわせて六個の眼が近づいてくる。
彼女はあとずさる。
眼玉の群れが近よってくる。
「やだ。こないで」
だが、くる。
月光のスポットライトの中に眼玉は入ってくる。
その瞬間、眼玉は眼玉だけではなくなる。
ひとつの躰・みっつの顔・むっつの腕。
三面六臂の異形の者。
「あなたはだあれ?」
震える声で彼女は問う。
「おびえるでない、娘よ」
真んなかの顔がしゃべる。
「私は誰でもない」
と右の顔。
「そして誰ででもある」
と左の顔。
「お前が考えているような者ではない」
と真んなかの顔。
「そして――」
とみっつの顔が声をそろえる。
「お前が考えているような者でもあるのだ」
「あなたたちはなにを言っているの?」
今にも泣きだしそうな彼女の声。
「あたしはわからないわ」
「わからないと思えばわからない」
と右の顔。
「だが、わかろうと思えばわかる」
と左の顔。
「しかし、わかる必要もないのだ」
と真んなかの顔。
「さあ、いけ。娘よ」
「いけ」
「いくのだ」
とみっつの顔。
「どこへいけばいいの?」
「どこへでも」
「お前の望むところへ」
「さあ、早く。娘よ」
「いけ!」
「いけ!」
「いけ!」
スポットライトがスっと消える。
漆黒の闇が一瞬だけ。
闇はすぐに闇でなくなる。
星と月に照らされた夜がもどる。
三面六臂の異形の者も消え失せる。
そこにいるのは彼女だけ。
そこへ――
祭ばやしがきこえてくる。


7 インド人との問答

天空をいろどる星・星・星。
星たちも踊りだしそうな祭ばやし。
「どこから聞こえてくるのかしら?」
彼女はひとりつぶやく。


返事はない。
もういちど。
「どこから聞こえてくるのかしら?」
「それは宇宙の彼方から」
やっと返事が返ってくる。
答えの主はインド人。
褐色の肌。
頭にはターバン。
絵に描いたようなインド人。



「あなたはだあれ――と尋ねないのですか?」
「だって」
彼女はコロコロと笑う。
「あなたは訊くまでもなくインド人ですもの」
「ほほう。ちっとは成長しましたね」
「でも――」
インド人を見つめる彼女。
「わからないことだってまだまだあるわ」
「どんなことです?」
「なぜ、祭ばやしが宇宙の彼方から聞こえてくるの?」
「おや、そんなこともわかりませんか」
ハッハッハとインド人は笑う。
「やっぱりまだ子供ですな」
その言葉に彼女はムっとする。
「いや、失敬しっけい」
インド人は素直にあやまる。
「いいですか」
真顔に戻るインド人。
「なぜ祭ばやしが宇宙の彼方から聞こえてくるのか」

「それは宇宙の彼方があなたの心と繋がっているからです」
よくわからない。
「なぜ、あたしの心が宇宙の彼方と繋がっているの?」
「それはあなたの心が素粒子でできているからですよ」
よくわからない。
「いいですか。万物みな素粒子でできているのです」
インド人は自分の躰を指さす。
「人の躰も素粒子でできています」
インド人は彼女を指さす。
「だからとうぜん人の心も素粒子でできているのです」
よくわからない。
「人の心が素粒子でできているのだとして――」
彼女は首をかしげる。
「なぜそれが宇宙の彼方と関係あるの?」
「古代の夢想者がそう言ったからですよ」
ますますわからない。
「古代の夢想者が言ったことは本当になるの?」
「そんなものなのですよ」
インド人は肩をすくめる。
「世の中の道理ってやつはそんなものなのです」
「ふうん」
さっぱりわからないままうなずく彼女。
「まあいいわ」
あきらめ。
「どうせそれいじょう聞いてもなにもわからないんでしょう」
あきらめ。
「そんなものなんでしょう?」
「あはは。やっぱり成長していますね」
「もうひとつ訊いていい?」
彼女は彼方に眼をやる。
「あの人たちはなにをしているの?」
「えっ、だれが? どこにいるのです?」
「ほら、あの橋のうえ」
彼女は彼方を指さす。
そこには――


8 風を感じる人たちと空から落ちてくる怪獣

橋がある。
橋の上には大勢の人がいる。
みな夜空を見あげている。
「ああ。あの人たちは風を感じているのですよ」
「風を?」
「ええ。かれらだって素粒子でできていますからね」
彼女は橋の上の人たちをジっと見る。
いろいろな人がいる。
アラララ氏、明日を買う女、明日を売る若者たち、案山子、
キツネ面の運転手、三面六臂の異形の者、インド人、
そして――
彼と彼女も。
「もう質問はありませんか?」
インド人の声で我にかえる。
「あれはなにかしら?」
彼女は夜空を指さす。
風を感じる人たちが見あげている方向。
「空から落ちてくるあれはなあに? 流れ星?」
「あれは流れ星じゃありません」
インド人も空を見あげる。
「あれは怪獣ですよ」
「怪獣――?」
おどろく彼女。
「ときどき落ちてくるんです」
インド人の顔に困惑の表情。
「ああ、でも、今日のは大きいな」
それはどんどん落ちてくる。
どんどん地面に近づく。
そして――
ドーンと大きな音。
地面が揺れる。
「きゃっ!」
震動で思わず尻餅をつく彼女。
その眼にうつる怪獣の姿。
トカゲのようであり猛獣のようでもある顔。
その眼はどこを見ているのだろう。
短い腕、太い脚、長い尻尾。
ゴツゴツした皮膚。
背ビレがときどき光る。
こちらを向く怪獣。
「やだ」
彼女は怯える。
こちらへ向かってくる大怪獣。
「いやっ! 来ちゃダメ!」
彼女は叫ぶ。
「来ないで、来ないで」
逃げだしたいが立ちあがれない。
怪獣はどんどん迫ってくる。
ついに眼の前まで。
はるか高みにある巨大な眼が彼女を見すえる。
「あなたなんかキライよ!」
怪獣を見あげ彼女は叫ぶ。
「嫌い、きらい、大キライよ!」
動きを止める怪獣。
その表情はとても哀しそう。
ハアーとためいき。
怪獣のためいきに包まれる彼女の躰。
彼女の眼の前が真っ白になる。
頭の中も真っ白に。
意識が遠のく。
おわりは近い。


9 最後に星がまた消える

ぐるぐるまわる星・星・星。
まるでメリーゴーランドのよう。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
「空がまわってる」
つぶやく彼女。
「コペルニクスのうそつき」
「コペルニクスはうそつきだったわけじゃないよ」
なつかしい声。
なつかしいけどよく知っている声。
「コペルニクスはただ無知なだけだったんだ」
「あ」
彼女の視線は彼をとらえる。
「ずっとあなたをさがしていたのよ」
小さな口からもれる小さな声。
「どこにいたの?」
「ここにいたよ」
答える彼。
「ずっときみのそばに」
「うそ。あたしはずっとさがしていたのに」
「でも、ずっと一緒にいたんだ」
「ここはどこ? あたしはどこにいるの?」
「きみの頭はぼくの膝の上に乗っかってる」
「やだ」
彼女はおきあがろうとする。
「いいから、いいから」
彼はニッコリ微笑む。
「そのまま、そのまま」
彼の膝の上で眼を閉じる彼女。
「ねむいわ」

「なんだか躰もだるい」


「でも、いい気持ち」
うっすら眼を開ける。
「ねえ」
彼の顔を下から眺める。
「あたしはなにをすればいいの?」
「きみはなにもしなくていいんだよ」
彼は彼女の髪をやさしくなでる。
「きみはもうやるべきことをやっているんだから」
「あたしが? なにをしているっていうの?」
「夢を見てるじゃないか」
「夢を?」
「そう、夢を」
彼女はまた眼を閉じる。
「あたし、死んじゃうのね」
「いいや。きみは生まれるんだ」
閉じたまぶたに降りてくる彼の言葉。
「次に星が消えたとき、きみは生まれるんだ」
心地よく彼女を包む彼のぬくもり。
「さあ、もういちど眼を開けて」
言われたとおりにまぶたを開く。
「星を見てごらん」
彼女の眼にうつる星・星・星。
「どれがあたしの星?」
「きみの眼にうつっているのがきみの星さ」
「あなたはなぜいつもそんなにやさしいの?」
答えるかわりにニッコリ微笑む彼。
そんな彼の顔を愛おしそうに見あげる彼女。
彼の顔の向こうには夜空が拡がる。
夜空にかがやく星・星・星。
白いの、赤いの、オレンジの。
それぞれの色で輝く星・星・星。
あるものはひとりぼっちで。
あるものは群をなして。
空の端にはまん丸の月。
夜空をかたちづくる星たち。
それがひとつ――
フっと消えた。


そして――

あたしは生まれたのです。

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