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アニメーター育成に相次ぎ乗りだす国内アニメスタジオの本気

■有期雇用でアニメーター育成:スタジオポノックの試み

「日本アニメの人気やビジネスが拡大する一方で、アニメーション制作の就業環境は劣悪な状況にある」、業界内外から長らく指摘されてきた問題だ。厳しい就業環境は高い離職率となり、制作での慢性的な人材不足の一因にもなっている。
さらに状況がなかなか変らないことも問題とされてきた。しかし近年、制作スタッフの就業環境改善や人材育成に変化の兆しが現れている。こうした動きは、まだよく知られていないようだ。

そんな変化を象徴するニュースが、4月1日に流れてきた。アニメーション制作のスタジオポノックが4月から「Ponoc’s “Principles of Animation”Program(”P.P.A.P.”)」と名付けたアニメーター育成の教育プログラムのエントリーを開始する。
2015年に設立、まだ5年ほどの歴史しかないスタジオポノックの名前を知らない人は多いかもしれない。むしろスタジオジブリで『かぐや姫の物語』をプロデュースした西村義明氏が仲間と立ち上げ、2017年に『メアリと魔女の花』を制作したスタジオと説明したほうが分かりやすいかもしれない。

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アニメーター育成のための教育プログラム 「Ponoc’s “Principles of Animation” Program」について
https://www.ponoc.jp/recruit/ppap/ppap_interview/

”P.P.A.P.”は誕生から間もないスタジオの挑戦だが、カリキュラムの充実に驚かされる。受講生は制作現場の一線で働く講師陣のもと一年間、長編映画を描けるアニメーターに必要な技量を学ぶ。
さらに受講にあたりスタジオポノックと雇用契約を結び、毎月22万4000円が支払われる。つまり給料をもらいながら技術を学ぶ。22万4000円は現在の大卒、専門学校卒の一般的な新卒社員の月給にも見劣りしない。受講生が安定した環境でアニメーターを目指すことができるようになっている。
終了後に社員雇用の可能性がある一方で、要項を読む限りではポノックへの就職を義務付けていない。
スタジオポノックにとっての資金、労力はかなり大きく、リスクは小さくない。

■Netflixの資金サポートで運営される「WITアニメーター塾」

しかしこうした育成プログラムを導入するのは、スタジオポノックだけでない。同じようなプロジェクトがアニメ業界で徐々に広がっている。
今年2月に発表された「WITアニメーター塾」もそのひとつ。『進撃の巨人』などのアニメーション制作で知られるWIT STUDIOと動画研修のササユリ動画研究所、それに大手映像配信プラットフォームのNetflixが協業する。Netflixの協力が大きなニュースになった。

「WITアニメーター塾」では、ササユリ動画研究所の開発したプログラムのもと半年間、アニメーターの動画の仕事を学ぶ。受講者はNetfilix特待生制度を応募することで月額15万円の生活費と授業料が支給される。アルバイトしたり、貯金を取り崩したりすることなく研修に集中できる。
発表時にはNetflixの資金提供が大きく注目されたが、プログラムはWIT STUDIOのアイディアが元になっている。WIT STUDIOはかねてより若手スタッフの育成、アニメーターの仕事の維持を摸索してきた。これにNetflixが支援を申し出たかたちだ。

Netflix_WITアニメーター塾プレス素材_Feb2021

WITアニメーター塾
http://www.witstudio.co.jp/animatorschool.html

■サンライズ、東映アニメ…、大手スタジオも

「機動戦士ガンダム」シリーズで有名なサンライズでもアニメーター育成のプログラム「サンライズ作画塾」(https://www.sunrise-inc.co.jp/sakuga/)を2018年から実施している。現役のアニメーターが1年間にかけてプロとして通用するレベルまで指導する。授業料は無料、月額10万円の奨学金が用意されている。
2021年4月からはアニメーター同様、業界で人材不足が深刻な美術スタッフ育成のための「サンライズ美術塾」(https://www.sunrise-inc.co.jp/bijutsu/)に拡大する。

特別なプログラムを設けないが、雇用のありかたを変えることで若手スタッフの育成を目指すことも増えている。
東映アニメーションでは、芸術職と呼ぶ演出助手、アニメーター、美術背景、制作進行などの新卒に月給制を導入し初任給は23万3900円だ。技量が不足して稼げない新人の問題に対応する。

■なぜこれまで出来ずに、今なのか

技術を学びながら、金銭が払われることを奇異に思う人もいるかもしれない。これまでアニメ業界では制作会社とスタッフの関係はフリーランスの委託契約が一般的であった。新人の段階から出来高・実績支払いが中心で、技能が充分でない若手アニメーターが稼げない理由になってきた。
しかし新人に賃金を払いながら教育・育成するのは、実は他産業では決して珍しくない。多くの業種で新人が実際に売上げ・利益をだすのは入社1年後、3年後とも言われる。将来の活躍を視野にいれて人材投資をすることは一般的なのだ。

アニメ業界がこれまでこれを出来なかったことには、制作会社の言い分もある。新人教育にはかなりの時間、資金、手間がかかる。ところがある程度技術が身についた新人が、簡単に転職してしまうケースが少なくなかったからだ。優秀なアニメーターであるほど引き抜きの可能性が高くなり、そうなればそれまで投じた時間も資金も無駄になる。
スタッフの育成に実績がある京都アニメーションP.A.WORKSの拠点が、京都や富山の郊外と近隣に他スタジオがないことは、こうした事情とも無縁でない。

■それでも残る課題、スタッフ待遇の二極化の懸念

制作会社にとっても厳しい状況にもかかわらず、人材育成に乗り出すスタジオ現れたのはスタッフ不足がそれだけ深刻度を増しているためである。このままでは日本でアニメが作れなくなるとの危機感が、一部の経営者を突き動かす。
リスクも大きいが安定した雇用・就業環境は、若者に向けて大きくアピールするはずだ。優秀な人材を集める時に優位性を発揮する。人材不足のいま、これに対抗するためには他スタジオも追随せざるをえない。理想的な未来を描けば、人材育成への投資は業界全体に広がっていく。

しかし実際は一筋縄でいかない。よりネガティブな予想も可能だ。人材投資に必要される資金とリスクは大きく、またノウハウも必要だ。
追随したいスタジオは多くとも、実際には経営体力の面で実現できるケースは限られる。アニメ業界は中小企業が多く、資金負担に耐えられる会社はごく一部だ。新たな動きをいくつか紹介したが、昔どおりの就業環境のスタジオはいまも多い。
今後は同じアニメーターや同じ制作進行でありながら、働く会社や契約状況により、収入や就業条件が二極化する新たな問題が生まれる可能性がある。それは決して望ましいことでない。

さらに現在はアニメ業界は拡大基調で、アニメーション制作の発注も多い。しかし何かのきっかけで作品ニーズが縮小すれば、人材育成は重たい固定費として各社の経営を圧迫する。

アニメ業界の人材については、依然問題山積だ。そして新たな試みも至らないことはまだ多く、批判や厳しい意見も少なくない。
変化の試みは緒についたばかりだけで、脆く崩れやすい。同時にこれらを応援することで、変化の流れを大きくし、発展させ、広げていくことができるのでないだろうか。変化が続き、成果につなげることが、今後日本アニメの素晴らしさを持続する鍵になる。

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