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「アニメ」はソニーグループの何を変えるのか?後編 -クランチロール買収で生み出されたもの-

[クランチロール買収で生み出された海外におけるメディアミックス展開]


さらにいま注目されているのが、このより広いアニメビジネスの海外への拡張である。2021年にソニーグループがAT&Tからワーナーメディア傘下のクランチロールを買収した際には、世界規模での配信プラットフォーム獲得ばかりが話題になった。
しかしそれはクランチロール買収のひとつの側面に過ぎない。もうひとつ重要なのはクランチロールが日本で発達したアニメのメディアミックスを海外に広げるハブになることだ。

筆者も取材に訪れた8月5日から7日まで米国サンノゼ市で開催された「クランチロールExpo2022」は、そんな可能性を示していた。「クランチロールExpo」は、いま世界各地で開催されるアニメコンベンションと呼ばれる日本アニメイベントのひとつである。エキビジョンホールに企業ブースが並び、作品紹介やグッズ販売をする。音楽ライブやトークショウでは日本からのゲストがファンとコミュニケーションを取ったりする。

3年ぶりにリアル開催となった「クランチロールExpo2022」の来場者数は過去最高となった。それでも数万人規模のイベントは、大きいものでは動員数十万人もある米国のアニメコンベンションでは中堅規模だ。しかし他のアニメコンベンションの多くがイベント専門団体が主催するなかで、「クランチロールExpo」ではクランチロールが自ら主催する。
イベントがアニメカルチャーとビジネスのハブとなるのが、クランチロール自身で運営する理由だ。紹介される作品の多くに製作出資する。会場ではクランチロールが開発・発売する限定グッズを手に入れようと長い列ができていた。そんな様子はプラットフォームを通して世界中に配信される。イベントの参加者はリアルな会場だけでなく、ネットの向こう側に多く存在する。

クランチロールExpo2022から 現地のインフルエンサーが日本アニメを紹介する。アニメのグローバル化の象徴だ。

クランチロールはこの春に同じソニーグループの日本アニメの米国会社ファニメーションと経営統合している。ファニメーションは映画配給やDVDやブルーレイのローカライズ、それにライセンス運用を得意とする。『ドラゴンボール』や『進撃の巨人』を北米で大ヒットさせた立役者である。
さらに「クランチロールExpo2022」開催直前には、アニメグッスで米国トップのECサイトであるライトスタッフの買収を発表した。クランチロールが目指すのは、海外におけるアニメビジネスの360度展開である。それは長年、日本で育て上げられたアニメが儲かるビジネスの仕組みの海外への移し替えである。
アニプレックス出身で現在はクランチロールのチーフコンテンツオフィサーである末平アサ氏は「私たちは360度のビジネスを展開しています。アニメを見るだけではなく、作品を通してどういった経験をユーザーと共感できるかを考えています。それがクランチロールの強みです」と会場で語ってくれた。

長年、日本アニメは「世界で人気が高いが、ビジネスとしての売上に結びつかない。利益が日本に戻ってこない」と指摘されてきた。日本企業が現地企業にライセンスだけを渡して直接現地に進出しないこと、映像だけのビジネスでは周辺に広がらなかったことが理由であった。
しかしソニーグループはクランチロールを通じて海外に直接進出し、その周辺事業も含めて自らの売上げとする。海外のアニメ人気はいまや日本のリアルなビジネスに結びつき始めている。

[海外アニメ流通を握る寡占の強み]

クランチロールの買収で見落とされがちなもうひとつの重要な点は、ソニーグループの海外での日本アニメのビジネス市場シェアの大きさだ。相次ぐM&Aで、そのシェアは国内のそれを遥かに上回る。
かつて北米ではアニプレックスUSA、ファニメーション、クランチロールが市場のトップ3企業とされていたが、いまやその全てがソニーグループである。そうした寡占状況はヨーロッパやオセアニア、ラテン・アメリカでも起こりつつある。

日本アニメの成功で、いま世界では現地で制作するティーン世代からミドルエイジに向けた新たなアニメーションが急増している。最近では「アダルト・アニメーション」とも呼ばれており、世界の映像業界では急成長分野として脚光を浴びる。
各国の成長はこのジャンルで圧倒的なシェアを誇った日本勢を今後脅かす可能性は高い。フランスのアニメーション会社が制作した『アーケイン』は、人気オンラインバトルゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』を原作にする。Netflixオリジナルとして配信されたが、Netflixの世界各国ランキングに何週間もとどまった。

そうしたなかアニプレックスは、海外産アニメを自社グループの流通に乗せる。中国産アニメの傑作と話題になった『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』を日本で劇場公開し、DVD、ブルーレイを発売した。中国産のコアファン向けアニメでも『時光代理人』、『天官賜福』といった作品を日本で放送・配信する。
韓国で注目されるWebToonのヒット作『神の塔』もそうしたひとつだろう。Webtoonは日本生まれのマンガとは異なり、スマホをメインデバイスに縦スクロールで読むマンガとして世界で急速に人気を集めている。日本漫画の市場を奪われかねないと日本の出版社も警戒する。
一方で『神の塔』のアニメーション制作は、日本の老舗スタジオであるテレコム・アニメーションフィルムだ。日本のビジネス展開はリアルト・エンタテインメントというアニプレックスの子会社が担当する。本作の世界配信はクランチロールの独占だ。

アダルト・アニメーションの競争相手が世界で成長するなら、むしろそれを自社のビジネスシステムの内側に取り込む。ソニーグループは日本だけでなく、世界で生まれる日本アニメスタイルの作品や関連ビジネスのインフラの大部分を握ることで、さらに世界にビジネスを拡張しつつある。
「アダルト・アニメーション」の世界市場全体が成長すれば、ソニーグループのアニメビジネスも伸びるというわけだ。ジャンルの越境と国境を越えた展開で、ソニーグループのアニメ事業は今後もまだ成長の余地を残しているように見えるのだ。


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