見出し画像

水平爆撃照準法

水平爆撃をする際の照準が、どのようによって行われるか、主にWW2ごろの日本軍を題材に取って解説していきたいと思います。前稿と同様、使われる用語は旧日本軍のものですので、現在使用されるものとは異なっているおそれがあります。

水平爆撃とは?

まず、水平爆撃とは何でしょうか。厳密な定義はともかく、本稿を読むに当たっては、「水平に飛行しながら行う爆撃」という程度に考えていただいて結構です。WW2頃の爆撃法は主にこの水平爆撃と急降下爆撃との二通りで(緩降下爆撃とかもあるが面倒なので省略)、水平爆撃は急降下爆撃に対し、概して命中精度が不良でした。

これは感覚的にわかると思うのですが、急降下爆撃の場合は、爆弾を放り出す方向、照準する向き、重力に引かれて爆弾が落ちる方向、どれもだいたい同じ向きとなっています。したがって、複雑な計算を行わなくてもだいたい照準したところに爆弾が落ちてくれます。また、爆弾を投下する高度は一般に急降下爆撃のほうが低く、そのぶん風や目標の移動による影響を受けづらくなっています。では、なぜわざわざ命中させづらい水平爆撃などという方法があるのでしょうか?

なぜ水平爆撃をするか

まず第一の理由として、急降下爆撃を行うに当たって、その機体には厳しい条件が求められるということがあります。
急降下とその後の引き起こし、それを実行できる軽快さと、それに伴い発生するGや高速度に耐えられるだけの頑丈さ(また、速度を緩和するためのエアブレーキなど)が必要なわけですが、これらの要素は搭載できる爆弾の量を大きく制限します。例を上げれば、有名な急降下爆撃機である99式艦上爆撃機は、250kgの爆弾を一発搭載する程度が精一杯ですが、だいたい同じ程度の出力のエンジンを装備した97式艦上攻撃機は、急降下爆撃をすることはできませんが、水平爆撃を行うに当たって800kgもの爆弾を搭載することが可能です。
また、十分に高度を取った爆撃は敵の戦闘機や高射砲による被害を受けにくい、というのは、日本人ならみな知っていることでしょう。
しかし、高度を取っての爆撃は、必ずしも被害を恐れての消極的な戦術というわけではありません。高高度から落下する爆弾は、重力によって十分加速する時間が与えられるため、戦艦の甲板装甲を貫くほどの威力があります。具体的に言えば、真珠湾攻撃に使用された99式80番(80番は800kgの意味)5号爆弾は、水平爆撃で150mmの装甲を貫通しうる能力がありました(ただし投下高度不明)が、急降下爆撃で99式25番(250kg)通常爆弾を使用した場合は50mmの装甲を貫通するにとどまりました。使用する爆弾が異なっているため単純な比較はしづらいのですが、とにかく水平爆撃の威力の強大さはわかってもらえたと思います。
「艦船に対してなら、雷撃をすればいいではないか」と考える人がいるかもしれません。しかし、魚雷が使えない状況というものも存在します。

例えば、図のような状況では、メリーランドやテネシーに対する雷撃は難しい(水深の問題を無視しても)ということは簡単に理解できるでしょう。しかし戦艦相手に急降下爆撃では埒が明かないので、水平爆撃の出番となります。
要するに、水平爆撃にも急降下爆撃にも(そして雷撃にも)、それぞれ長所と短所があり、使い分ける必要があるということです。
では、本題である水平爆撃をする際の照準法について考えていきましょう。

どのように照準するか

今、ある爆撃機がある高度をある速度で水平飛行しているとします。この状態から爆弾を投下し、目標に命中させるためにはどうすればよいのでしょうか?
横風が無いのであれば爆撃機は目標の上空を通るようにまっすぐ進めばいいので、爆弾が命中するかどうかは純粋に投下のタイミングによって決まることは簡単にわかると思います。つまりこの場合、純粋に目標と爆撃進路を含む平面上の運動だけを考えればいいのです。
では、横風がある場合は…? それは本稿においては考えないものとします。なぜかというと、話が複雑になりすぎて、到底私の頭では理解することができなくなってしまうからです。同様の理由で、移動目標に対する照準も考えないものとします。この横風が存在しない爆撃、つまり、風が向かい風か追い風のときの爆撃を風床爆撃といい、横風の影響を受ける爆撃を、側風爆撃と言います。

さて、ならば話は簡単なように思われます。爆撃機には速度計も高度計もついているのだから、ある高度をある速度で飛行している場合はどれだけ前方を狙えば良い、という表を作っておいて、表に従って調整した照準機に目標を捉えた瞬間投下すれば命中するのではないでしょうか?
この、「どれだけ前方を狙えばよいか」の角度を照準角と言います。

照準角は鉛直線を基準とする

あるいは、表を使うのが面倒ならば、機械的にこの照準角を求める方法もあります。


この方法をとる爆撃照準器を一点照準式と言いますが、この照準機には重大な問題があります。その問題について考える前に、まず飛行機の速度には主に3つの種類があることを知っておきましょう。

対地速度(GS)


これは地球に対する速度です。ある地点からある地点まで飛行した際、その距離と経過時間から求めることができます。A-B間の距離が250kmで、その移動に1時間かかったなら(平均)GS250km/h。簡単ですね。

真対気速度(TAS)

これは大気に対して正しい速度で、「この戦闘機の最大速度は…」というときの速度はコレです。では、これはGSとどう違うのでしょうか?
先ほど「250kmを1時間でGSが250km」と言いましたが、TASの場合は距離と時間だけでは求めることができません。
先程の飛行で、実はBからAに50km/hの風が吹いていたとしましょう。

飛行機にとってこれは向かい風となり、飛行機はTAS、すなわち大気に対しては平均300km/hで飛行していたわけです。
風がない場合、TASはGSに等しくなります。
TASとGSの関係は、移動する水槽の中にいる魚に例えることができます。

魚が水槽の中で10km/hの速度で前に泳いでいるとしましょう。
水槽が静止していれば(無風)、中の魚は自分の泳ぐ感覚(TAS)で正しい自分の移動速度(GS)を知ることができるでしょう。

しかし、水槽が100km/hで動いていたとしたら? 魚が感じる感覚には何も変わりありませんが、水槽の外から見れば魚は110km/hで動いているのです。魚が自分の正しい移動速度を知るためには、外の景色を見るほかありません。

指示対気速度(IAS)

これは飛行機の速度計が示す速度です。速度計が示す数字は、基本的に高度が上がれば上がるほどTASから乖離して小さくなっていきます。例えば、高度10000フィート、外気温が-10℃の時、IASの300km/hはTASでは342km/hとなります。これは上空ほど空気の密度が小さくなるためで、速度を測るピトー管という装置の構造上仕方ないのですが、気温と高度の情報さえあれば、IASは計算によってTASに換算することができます。
では、コンピュータなどがあって、リアルタイムにIASからTASを求めることができるのであれば、IASの表示はいらないのでしょうか? そんなことはありません。例えば、飛行機の失速速度や超過禁止速度はIASによって定義することができます。これは、これらの現象がピトー管と同様、空気密度の影響を受けるためです。飛行機が失速するか否か、わざわざ換算する必要なく、計器を見れば判るということです。
最大速度が500km/h、超過禁止速度が499km/hの飛行機があったとしましょう。この飛行機がひたすら加速し続けたら、バラバラに空中分解してしまうのでしょうか? そんなことはありません。最大速度はTAS、超過禁止速度は普通IASによって決められているからです。飛行機が普通最大速度を出せる何千メートルかの高度では、この二つは差がありますので、パイロットは安心してスロットルを開くことができるのです。
言い方を変えると、最大速度が500km/hの飛行機でも、(ただ水平に加速していただけでは)計器が500km/hの数字になることはないのです。

追従角とは

ではなぜこの3種の区別が水平爆撃において重要なのでしょうか。
今水平爆撃を行う一機の爆撃機があるとします。
Aの位置で爆弾が投下され、目標に命中した瞬間、爆撃機はBの位置にありました。

爆弾ははじめ爆撃機と同じ速度で運動していますが、空気抵抗を受けて減速するため、爆撃機の後方に落下します。空気抵抗がなければ、爆弾が命中した瞬間、真上に爆撃機がいるはずです。

この、爆弾が爆撃機からどれだけ後ろに着弾したかを示す角度を追従角ないし退曳角と言います。この追従角は、水平爆撃をする際に大変重要な要素となります。追従角の性質について、ちょっと詳しく検討してみましょう。

追従角は(他の条件が同じなら)高度が上がるほど大になります。

また、追従角はGSではなく、TASによって変化します。「どういうこと?」と思われるかもしれませんので、次のような状況を考えてみましょう。

無風の状態でホバリングしているヘリコプター(GS0km/h、TAS0km/h)から爆弾を落としてみましょう。この場合、爆弾はただ下に落ちるだけなので、高度にかかわらず追従角は0です。

次に、100km/hの向かい風の中、TAS100km/hで進む飛行機から爆弾を投下してみましょう。向かい風と飛行機の速度が打ち消し合うため、GSは0km/h、あたかもヘリコプターのように空中に静止しています。

しかし、爆弾は機体の後方に着弾しました。爆弾が向かい風に流されたわけです。今度は、向かい風なしの条件で投下してみましょう。

やはり後方に着弾しました。GSが大きく変化したにも関わらず、先ほどと追従角が同じであることにお気づきでしょうか。「追従角は(GSでなく)TASに影響される」というのはこういう意味です。

そもそも、水平爆撃における投下角の決定に必要なデータとは何でしょうか?
それはTASとGSと高度です。実際にはより正確に爆撃を行うため、直接爆撃照準機に入力するデータはTASと高度の代わりに(TASと高度から計算された)追従角、(高度と爆弾の種類に対応した)落下時間である場合があります。これは、爆弾の空気抵抗や重量が種類ごとに違うためです。


実際にはTASも若干落下時間に関係する

が、とにかくわれわれが爆撃をするためには、計器から読み取れる、あるいは換算できるTASと高度の他に、GSを求めなければいけないのです。

投下角を求めるということは、この図において角EAFを求めるということですが、これは三角形ACEが求められれば、それに従って求められることは容易にわかります。追従角DCEと高度BEがわかっているのなら、あとはACがわかればいいのですが、これがGSに相当するわけです。

一点照準式爆撃照準機

一点照準式の爆撃照準機は、この大三角形ACEに相似な小三角形AC'E'を作ることによって投下角である角EAFを求めようとするものです。

しかし結局、GSはどう求めればいいのでしょうか? 先ほど、「魚が真の移動速度を知るためには、外の景色を見る他無い」と言いましたね。それと同じことで、爆撃機は地上の何かしらの目標の速度からGSを求めるわけです。
爆撃機に搭載されている照準機が一点照準式だった場合、目標として何を選ぶかで二通りの方法が考えられます。すなわち、仮標法(転移法)と実標法(遠測法)です。
実標法は爆撃目標を、仮標法はそれとは別の何かしら手頃なものを選びますが、以下は仮標法によるGSの測定法の一例です。

まず自機の前方にある目標を選定し、照準角(鉛直線を基準とした照準器を向ける角度)を22.5°に設定します。目標が照準機の中心に捉えた瞬間、ストップウォッチ(爆撃照準機の機能として存在することが多い)を発動し、照準角を-5°、つまり真下よりやや後ろに設定し、再び目標を捉えた瞬間ストップウォッチを止めます。これによって計った時間(秒)をT、高度(m)をHとすると、GS(秒速)を示すVgは、
Vg=H/2T
となります。
例えば高度が2000m、時間が10秒だったとすると、GSは100m/s、あるいは360km/hであるわけです。
この際飛行した距離は高度の半分となりますが、このGSの計測のために飛行した直線を、基線と言います。

いうまでもなく、仮標法といっても仮標の位置と爆撃目標の位置でGSが違っていれば意味がないので、仮標にはなるべく爆撃目標に近い物、しかも爆撃航路(あるいは、それに並行する航路)上に存在しているものを選定することが求められます。

ゲルツ照準眼鏡。残念ながら詳しい使い方はよくわからない
日本陸軍の八八式爆撃照準眼鏡も略同等のもの
簡単な計算機である射表筐に対地速度・高度を入力することにより投下角が算出される

ニ点同調式爆撃照準機

さて、一点照準式爆撃照準機の場合、どうしても爆撃直前にGSを知るための動作が必要です。仮標法の場合、比較的正確に速度が計測できるものの、仮標に集中している間に肝心の爆撃目標を見失ってしまうおそれがないともいえませんし、そもそも適当な仮標が見当たらない時があります(海上など)。実標法の場合それらの危険はありませんが、遠測法という別名の通り、目標を遠くに望んだ状態で測定するため、精度が出しづらい欠点があります。照準をしながら、自動的に速度が計測できるような爆撃照準機ができないでしょうか? そこで登場したのが、二点同調式爆撃照準器です。

ボイコフ式照準眼鏡。日本海軍の九〇式照準器も略同等のもの

先程のゲルツ式は照準眼鏡に申し訳程度の計算機をくっつけただけのものでしたが、こちらはちゃんと計算機が中に組み込まれたものとなっています。

九〇式照準器
用語は厳密なものではない

この照準機の基本的な使い方はごく簡単です。爆撃機から地上のある目標を照準機で「ロックオン」したとしましょう(もちろん、そんな機能はありません)。このとき、目標が遠くにあるうちはゆっくりと、しかし、近づけば近づくほど視線の動きは大きくなっていくはずです。

逆に、視線の動きが等速度であったとしたらどうなるでしょうか?
これをある速度に設定しておけば、一度照準機に捉えた目標が、いったん照準から外れたあとに再びもとに戻ってくるように振る舞うはずです。

そのような機構は比較的簡単に作ることができます。

これは二点同調式照準器の基本的な原理を示した図です。このように、原動機とネジを使って照準眼鏡が動くようにすればよいのです。もちろん、これは概念を示したものであって、実際の九〇式照準機がこのような仕組みをしているわけではありません。

まず、あらかじめ追従角の分だけ桿Sを傾けておきます。また、照準角をPから爆弾の経過時間tの分だけ動かし、P0にセットします(経過時間の調定)。
目標を照準に捉えた瞬間、時計仕掛けを発動します。照準角はしだいに小さくなっていき、時間τが経過し、P’に到達した瞬間に再び目標が照準と一致し、投下のタイミングが分かる…という仕組みです。
数学に詳しい人であれば、τ=Tであり、これが照準機として動作することが証明できるのではないかと思います。

では、目標は実際にどのように見えるのでしょうか。

これは九〇式爆撃照準機の視野です。中心に気泡が見えるようになっており、これを中心に合わせることによって照準機は機体の姿勢にかかわらず正しく水平を保つようになっています。

目標の家が近づいてきました。

目標を捉えた瞬間時計を発動します。
「発動用意…発動!」

家が遠ざかり、視野の端にまで移動しました。ここから家は再び中心に戻ってきます。

この瞬間に爆弾を投下すれば、爆弾は命中するはずです。
「用意…テーッ!」

用語

九〇式爆撃照準機には、照準者(偵察員)が直接機体を操作するような機能はありません。したがって、操縦者は照準者の声だけを頼りにして機体を誘導しなくてはいけません。その際使われた用語がこちらです。

◯度右(左):1度以上の修正
ちょっと右(左)
:0.5度の修正
右(左)
:宜候(ようそろ)あるまで旋回持続

全同調式爆撃照準機

変高同調式
変速同調式

参考文献

水平爆撃の方法
爆撃照準具概論
爆撃教育仮規程改正に関する件
日本海軍航空史 第3 (制度・技術篇)
https://www.cdvandt.org/Goerz-Boykow.pdf
Japanese Aircraft Equipment 1940-1945 Robert C. Mikesh


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?