アラフォー上海留学日記【68日目】

5/4 土

今日は12:30には空港行きのタクシーがくるので、それまで近所をぶらぶら。コーヒーを買って電車で食べきれなかったパンでも食べるか、と思ったらお粥を売っている店があったので、2種類あるうち、赤いほうを卵つきでもらう。10元。砂糖を入れるかと言われて驚く。甘いお粥文化圏だったか。

近くの商店で缶コーヒーを買い、屋上で一服したら、気分が悪くなってきた。めまいと動悸、少々のしびれ。やばい、よりによって出発の日に。疲労と空腹時のコーヒーはもういっさい禁止とする。太陽にあたったのもよくなかった。しばらく横になったが、チェックアウトの時間になってしまった。

予約しておいたタクシーの運転手さんから電話がかかってきた。チャットで連絡してくれと頑なに要求し、待ち合わせ場所に向かう。待っている時間のなんと長く感じたことか。木陰に座り込んで倒れないように深呼吸を繰り返し、ブドウ糖をガリガリかじってスマホを見つめる。この症状、去年香港で経験したタイプとまったく同じ。あのときも疲れて蒸し暑いなか空腹にコーヒーを入れたんだった。道端で踏ん張ってめまいに耐えて空港行きのバスを待ったっけ。バスが予定時間より30分くらい遅れてきて地獄だったなあ…今回はタクシーだし以前より中国語使えるし、あれよりはマシ。

ご陽気な運転手さんが到着し、これでもう道端で倒れることはないぞと少し安心した。チャットしてくれてありがとう、中国語は読めるけど聞き取れないんです、と運転手さんに伝える。どこの人? 日本人です、から会話が始まってしまった。会話する元気はないのだが、明るい運転手さんは無邪気に日本のアニメ好きだよ! コンニチハ!とか言ってる。無理して会話を続けていると、運転手さんの陽気さに引っ張られるかたちで体調がよくなってきた。明るい人の力、すごい。これは意外であった。
生まれも育ちもカシュガルだという運転手さんと、好きな新疆グルメの話や、30時間電車に乗ってきた話などをする(車だとウルムチまで11時間らしい。電車はいちばん遅くてつらいと笑っていた)。カザフやウズベク、タジクに行ったことあるかと聞くと、ないそうである。近いけど、行く用事がないとのこと。そりゃそうか。

40分ほどで空港に着いた。日本語で再见はなんて言うの?と言われ、2人でさよなら〜と言って別れた。またね、にすればよかったかな。ありがとう、あんたの明るさに救われたよ。また会うことはないだろうけど、またね。

搭乗までの時間はたっぷりあるので、水を汲んで引き続き体調を整える。空港でぼんやりしていると、あーあの日常に戻るのか、と名残惜しい気持ちになってきた。日常? ちょっと待て、上海生活も日常ではないぞ、と思い直す。ここカシュガルでは、東京の日常が果てしなく遠い。

お土産屋さんを覗くと、ラクダ乳のミルクバーがおいしそうだった。あと沙棘(グミ科の植物で薬剤や健康食品として用いるらしい)の果汁。食欲はないがおなかがすいたときのためにお菓子を買った。クミン味と書いてあったので新疆のものかと思ったのだが、内モンゴル産だった。中身はしょっぱいラスク。

行先表示パネルに首都と書かれている便があった。そんな表記の仕方するんだ。

小学生グループが一列にならび始めたので何かと思えば、引率の先生がひとりずつクイズを出して、不正解だとダメ〜みたいなことを言いながら眉間から鼻筋をなで、正解だとたまごっちみたいなおもちゃをあげる、という遊びをしていた。搭乗時間まで生徒を飽きさせないように工夫している、いい先生だね。

ウルムチまでの窓からの眺めは壮絶。砂漠が岩地になり嶮岨な山脈になり、遠くに雪を冠した天山の連峰が見える。それが波のような皺になり、人の気配がする盆地に至るまでの地形の連続を堪能。さすが世界でもっとも海から遠い、大陸の極みと言われるエリアだけある。広漠とした大陸のど真ん中、荘厳な異界に肝が冷える思いがした。

ウルムチでトランジット。荷物を一回ピックアップし、さらに上海までの搭乗手続きをしなければいけない。時間にあまり余裕はないぞ、急げ急げ。
カウンターに行くと、上海便は預け荷物有料ですけどどうします?と言われ、やむなく機内持ち込みにした。ちくしょう、さすが春秋航空だ。持ち込み前提ではなかったので、化粧水とか100ミリリットルを超えてる。没収されたら泣くぞ。案の定保安検査で引っかかったが、化粧水類だけ取り出して再チェックしたら通してくれた。あんがい融通がきくもんだと感心。

搭乗25分前に登場口に着いてほっとしつつ、朝からお粥とクミン味のラスクしか食べてないので、そろそろ血糖値がやばいことを危惧。ねんのため春秋航空の機内業務をチェックすると、機内食なしとある。なんてこったい。あわてて行列ができているマックでスパイシーチキンバーガーを2つ買う。ほかの店は新疆の土産物屋ばかりで選択肢がないのが腹立たしい。
ただ、ここで食べたハンバーガーは、忘れられないほどおいしかった。マヨネーズの味が脳みそを直撃するのを感じながら貪り食う。軽い飢餓状態にある人にとって、マックは薬物に等しいことを実感。ひとつは待機中に食べ、ひとつはだいじな食糧として機内用に残しておく。

春秋航空、たぶん初めて乗ったけど、ペラッペラの硬くて狭いシートで、アエロフロート、ベトジェットエア以来の恐怖を感じる。大丈夫なんか、この飛行機。よしんば飛行は大丈夫として、このペラッペラなシートで5時間か…寝台車で30時間のほうがよっぽど快適である。しかもB席。しかも後ろのキッズにめっちゃ背中ドコドコされてる。キッズがじっとできないのはしかたないから、心を無にして読書に集中。機内では水ひとつ出ない。水筒に水汲んでおいてほんとうに良かった。

カシュガルの宿を出てから丸12時間、24時過ぎにようやく上海虹桥机场着。雨模様の上海のじめじめした空気が鬱陶しくも懐かしい。やっと戻ってきたという安心感に浸りながら、タクシーに乗って学校へ。なじみの景色を眺め、上海が戻れる場所になったんだなあとしみじみしていたら、支払いの際にメーターを速攻で消されて60元と言われた。メーター50元だったの見たよ、10元加えたのはなんの費用だと問い詰めたがすっとぼけられ、疲れているのでもういいやと払った。安心感ないじゃん、上海! 
部屋の蛍光灯のもとでビールを飲んでいると、カシュガルのあの屋上が恋しくなってきた。乾燥地帯でカサカサになった手にハンドクリームを塗り込み、「日常」に戻るとするか。

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