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転生拒否したらしばらくネトゲ住人になった話
あらすじ
神様の手違いで人生終了してしまった主人公の成仏するまでの話。転生…いいっすわ。と拒否したらネトゲの中で生活できるようになりまして。
1〜7
「カシャン…」
両手でしっかり持っていたはずのコントローラーが床に転げ落ちた。
落ちたそれを拾おうとしても何故か拾えない。
と言うか、私の手は透けている。
どうしたものか…しばし考えるものの思い当たるのは少し前に左胸がチクンとした痛みがあったかな。
コントローラーを見つめたまま、この空想的な現実がいかなるものか。少なくとも最悪の状態であることは薄々感じている。
なにせ私の体は透けている。
ソファーに腰掛けやっと顔をあげた。
目の前に男がいる。何だか申し訳そうな、いや、「ゴメーン(ペコリ)」みたいな顔して私の方を見ている。
「僕、神様なんだ。」
はぁ、、、で、何でしょうか。
「ちょっと手違いで君の寿命取っちゃった☆ゴメンネ!」
うん。ふざけるな。
「申し訳ないからさ、ほら、最近話題の異世界転生ってやつ?あれやってあげる!」
ほう。現世の記憶やスキルやら持って異世界チート生活ですか、悪くないですね。
「あ、いや…ごめん。記憶は持っていけない」
ただの輪廻転生じゃねぇか。
「そんなこともないよ!君、次の転生先はクマムシだから」
死にたくても死ねなくなるね。それはいやだね。
「それに嫌でしょう?記憶がある状態でさ、見知らぬ実母の母乳飲むとか。自我がある状態でおむつに排泄するとか」
なんかどうでも良くなってきたな…転生せずにこの辺浮遊してていい?
「地縛霊になっちゃうよ。じゃあ、とりあえず仏さんなったら天界でのんびり過ごす?」
うん、それでいいよ。
「わかった。ただ、すぐに仏さんなれないんだよね。ちょっと時間どっかで潰せる?」
そりゃ、潰せなくもないけど…と、ふと目の前にあるモニターを見て私は言った。
「このゲームできない?」
そう、さっきまでやっていたネトゲの画面を指さしながら伝えた。
「オッケーオッケー。じゃあ成仏するまで遊んでてよ」
よし、と私は再びコントローラーに手を伸ばそうとしたその時、目の前が真っ白になり気絶した。
8〜14
次に目を覚ますと、私は見慣れた草原にいた。
えぇぇ…
見覚えのある鎧、剣、そして目の前のトロール。
絶賛プレイ中だったネトゲの中の世界である。
「現実にある物動かしちゃうと色々問題でちゃうからさ、そこで遊んでてよ。あ!ちゃんと休憩はしてね!魂薄くなっちゃうから」
注文の多い神様である。
ともあれ、何やら不思議な感覚である。
今までコマンド入力してた特技や魔法も感覚で使えそうな感じ。これはこれでアリだな。
ならば、と。さっきまでやっていた限定イベントに勤しむことにしよう。トロール討伐戦である。
感覚で特技を繰り出していく。イケそうだ。
ダメージを食らって怒ったトロールが大きく武器を振り被った。
いけない、防御が間に合わない。
その瞬間
「いてぇぇぇぇぇぇ!!!!????」
痛いんですけど??ちょっと死んじゃう。もう死んでるけど。
「オプションで痛覚入れといたよ☆」
ふざけんなこの死神
床でお寝んねしながらこの世のすべての恨みをあの神様に…
「蘇生」
ハッ!!生き返った!!空気が美味しい!!!
「何やってるんですか…」
雑魚に殺されて信じられない目で私を見るのは、同じチームに所属しているモルトだった。
ちょっと色々ありまして…
「ささっと討伐しちゃいましょう」
鮮やかに呪文を繰り出し、瞬く間に討伐完了。
これからは装備の確認はしっかりやる、そう心に決めた私だった。
貯め込んでたお金注ぎ込んで装備を新調した。
どうせ、貯めてても仕方ないんだから。
「奮発しましたね」
イベント頑張ろうと思ってね。少し苦笑いして普段買わないような高い装備を買い揃えた。
15〜21
しばらくはゲーム結構インできるんだ。
モルトに説明すると
「じゃあ今回のイベント一緒にやり込みましょうか。」
と提案してくれた。
私にとっては最後になるだろう、だからその提案はとても嬉しかった。何よりゲームしてるとはいえ一人でこの世界で過ごすには寂しかったから。
神様の提案で、みんなログインしてないときはこっち帰ってきて魂休ませて夜になったらゲームの世界に行けばいいと。
そして、痛覚オプションは消してもらった。
昼間は特にすることもないから昼寝とか散歩とかしてた。
休ませるといっても、眠くもないしお腹もすかないのだが。
しかし気を消費すると透けていっちゃうみたいなので、何も考えないでボーっと空を眺めてた。
夜にインすると、この世界は賑やかで嬉しかった。
人と会話できるし、体を動かしたり物が持てる。
手足の感覚がある事で何故か生きているような錯覚に陥る、そんな空虚の喜びも混じえながら。
トロールの一撃で死ぬと全身の力がなくなり床を這う感覚はある意味癖になった。
「また死んでるんですか」
ため息が聞こえてきそうな声でモルトは言った。
そう言いながら毎度付き合ってくれるいい人。効率求めるなら私と組まない方がいいんだよね。本当は。
イベントの中間発表で可愛い装備をもらったから装備してみた。せっかくだから写真撮ろうと提案し、私は写真を撮るフリをした。
「後半も頑張りましょうね」
私は少しの間数を数えたあと返事をした。
笑顔で返せていたはずだ。
22〜28
その頃現世ではちょっと大変なことになっていた。
運がいいのか悪いのか、私はちょうど転職活動真っ最中であった。
何もなければ誰も私の安否など確認しない。
ごめんね大家さん。
一人で過ごしていたあの部屋に警察や、家族や入り乱れ、私(本体)は一旦検死のため運び込まれたのち実家に連れて来られた。
いろんな手続きやら何やらしたあと、私(本体)は無事お骨となったわけだが
ここから四十九日カウントなりませんかね
「それは人間の都合でしょ。無理無理」
私の提案は却下された。
どうやら私はまだこの世界に未練があるらしい。
アパート撤退させられちゃったけどゲームはできる?と聞いたらそれは大丈夫だそう。何ともご都合主義である。
生前は特に生きることなんて執着しなかった。長寿なんて目指してなかったが、そこそこ健康に気を使って、そこそこ暮らせていけばそれでいいと。
あぁ、リアルに後悔感じてるわ。
残された時間を数えながら空を見上げた。
見上げるにはあまりにも眩しくて、澄みきった青空だった。
運が悪かった、それだけでは消化できない靄が、もう空っぽになった心臓に広がった。
それからも時折家族が私の部屋を訪れ、掃除や整理をやってくれた。アナログ至上主義な私の残したノートのおかげで解約処理や知り合いへの通知も行われた。
日中実家に寄ってみると、前職の同僚や旧友がお線香をあげていた。
29〜35
夜にログインするとモルトから呼び出しがあった。
この先起こる出来事と会話の内容はあらかた想像がつく。
「あなた一体誰なんですか」
家族が通知したどれかをきっと見つけたんだろう。
私は予め用意していた言葉を唱えた。
「ごめんなさい、勝手にアカウント使ってログインしました」
乗っ取り報告を受け、じきにこの世界でも私は消えゆくのだろう。少し引退が早まっただけだ。
「違うんです」
何も違わないですよ、本人ログインできないでしょう?この世にいない予定なんですから。
「話し方も、しぐさも、バトルの動き方も…全部あなたなんです。なんであなたがここにいるんですか」
そんなことを言われても説明できない。本人だし。でも本人いないんだし。
腹を括った。疑われようが、虚言癖だとバカにされようが、いいじゃないか。
色々ありまして…実はしばらくの間、魂だけこっちに連れてきてるんです。
私が生きていたらそんな話聞いても通報するレベルだ。
幽霊になって現れるならまだしも、なんでこの世界にいるんだよって。
「わかりました。信じられない話ですが…ただ、目の前にいるあなたは間違いなくあなたなんですよ。何で信じてるんだよって?何年見てるとお思いですか。」
話が通ってしまった。家族でも信じないよ、こんなこと。
しばらく黙る私を横目に続けていった。
「あとどれくらいいられるのですか?」
36〜42
あと…2週間くらい。
伝えたあとモルトはしばらく考え事をしているようだった。
「あなたはどうしたいですか?」
これまでと同じように過ごしたい。できればあなたとも。
特別な事はしなかった。
同じように日中は私は休み、モルトは日常の生活を送る。
夜はログインして、また同じようにクエストやおしゃべりをする。
私は不幸に見舞われたけど、幸せだった。
最後の日まで伝えることができる。
最期の日まで一緒にいてくれる人がいる。
特別な話なんて何もなかった。時には学生の頃の話をしたり、会社の話なんかすることもあった。
特別な事をすることなんてなかった。いつもどおりの日常だった。
お互い、ゲームの世界では一緒に駆け回るただの友人として。
「伝えておきたいことたくさんあるんじゃないの?折角の理解者なのに」
神様も心配するほどに。
43〜49
イベント最終日。
会場では花火が上がっていた。
あと数日。やり残したことは特にない。
諦めではない。この猶予の時間が解決してくれた。
何も言わずにインしなくなった人もたくさんいる。きっと元気でこことは違う所で暮らしているだろう。
そう思ってる。きっと私も本来ならば、そう思われている立場の人のはずだった。
「何かやりたいことはないですか?」
あまりに私が要望を言わないから痺れを切らしたのだろうか。
出る言葉が少しつらそうに聞こえた。
もう十分なのだ。でもきっとそれが答えじゃない。
一緒にいよう。もう少し。時間の許す限り。
最後の数日はほとんどの時間を会話で過ごした。
「行ってみたかった場所とかありました?」
唐突な質問に驚いた。伝えたところで…とは思ったが…
50
「時間だね、そろそろ行こうか」
神様が手配した乗り物に乗って私は旅立った。
お盆になったら帰って来れるらしいけど、さすがにゲームの世界にはもう戻れないみたい。
空からとある場所を探した。
とある島の見覚えのありそうな草原。
このゲームに似た場所なんだろなぁって話をしていたんだ。
そこには、ちょっと笑ってしまうほどの大量のオレンジのチューリップの花束と、見覚えのない絶対知っている男性が空に向かって手を振っていた。
オレンジのチューリップ
〜永遠の友情〜