うたかた
眠りながら聞いていた歌声が
誰のものかを思い出せない
ラムネ瓶から取り出したビー玉にはヒビが入っていて
騒がしく光っている
雨の匂いがしないことがさびしい
また眠くなってビー玉を落とす
深くなったヒビから
とぷん と水音がしたが
もう何も見えなかった
「臨時休館なんです、魚たちが逃げだしてしまって」
申し訳なさそうな声に天井をあおげば
鮮やかなヒレから透ける色
空になっている水槽を見て
図書館の入り口にそんなものがあったのだと
はじめて気がつく
魚は字が読めるんだろうか と
あくびをひとつ残して帰った
「どうして魚を背負っているの?」
問うてきた少女は赤い目をしていて
泣いていたのは彼女か と思った
(さっき図書館で)
声は出ず
泡になり
割れたビー玉を見ていた
眠りすぎた頭の飽和
いくら夢に沈んでも
ふれることのない痛み
名前はきっと忘れたまま
赤い目で見つめられたまま
指先を透明な破片に添えても
皮膚が裂かれることはなく
削られた記憶は戒めじみて
遠くで雷が鳴る
散らばった破片を集めながら
もう夏が終わる気がして
雨の匂いが
ここまでお読みくださり、ありがとうございました