パイを焼く

陽のたまった場所に林檎を転がす
こがね色を浴びて
ふくふく香る

いいにおいがするから
目を細くして歌いたくなる

細かくきらめきながら
翅を休めにきた
置いていきかけの蝶は
ゆっくりと呼吸しながら
蜜を求めているみたい
皮には刺さらないのだろうに

いっそ食んでしまおうか、と
ふれようとした手の
爪の端が欠けていたせいで
ためらってしまった

そのうち に
ぱさり と 落ちて
それきり 動かない

さよならの前に
撫でてあげたらよかった
うつくしいものには
うつくしいものでなければ
ふれてはいけない気もしたけれど
私のうつくしさなんて
ずいぶんと昔に
長く伸ばしていた髪と一緒に
軽くしてしまったけれど

ぱさぱさに軽くなっている
蝶の亡骸になら
少しだけ似ているのかも知れなかった

林檎を拾って撫でてあげた
蝶も一緒にてのひらの上に
美味しいパイにしよう、と
キッチンに向かいながら
やっぱりいいにおいで
歌いたくなった


ここまでお読みくださり、ありがとうございました