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無知

どん底にいた私を救ってくれた曲がありました。

BTS (방탄소년단) "Film out"
Produced by Iyori Shimizu from back number

私が死ぬまで1番好きだということが決まっているバンド、back number。
2021年2月、そのback numberが、韓国のヒップホップ・ボーイズグループ「防弾少年団(BTS)」に楽曲提供をすると発表し、話題になりました。

その曲こそが、後にわたしを救うことになる「Film out」です。


back numberの他アーティストとの楽曲のやりとりは、仲良しのクリープハイプが初めてであって欲しかった。ファンモン、マイヘア、ブルエンであって欲しかった。これは純粋にただの私の我儘でしたが。

当時の私と友達とのやりとり

当時、私はBTSが大嫌いでした。

「原爆Tシャツ」という言葉。

Twitterをやっている人なら、誰もが目にしたことがあるのでは無いでしょうか。

「BTSのあるメンバーが、広島•長崎に落とされた原子爆弾を祝福する趣旨のTシャツを着ていた」「写真が拡散され、日本のテレビ番組での歌唱が急遽取り消された」、というニュース。

元々私は「韓国は反日」という意識を持っていました。
そしてたまたま、長崎の原爆とその被害について、少しだけよく知っていました。他の人よりほんの少しだけ、原爆が身近にありました。

このニュースを見て初めて、本当の意味で、自分の明確な意思で、韓国人を、BTSを嫌いになりました。

この「嫌い」を熟成させにさせたタイミングで発表された「Film out」でのコラボ。



公開されたback numberの曲を、清水依与吏の書く詞を見ないという選択は、それまで5年間のファン歴の中で、初めてのことでした。


それから1年経った2022年4月、私は人生のどん底にいました。

珍しく少しだけ自信を持っていた夢を、叶えることができなかった失意の中にいました。

ベッドの中でYouTubeとSpotifyを徘徊する日々が何日か続いて、死にたい気持ちを掻き消すようにback numberを見漁るうちに、
気付いたら、1年越しに「Film out」のサムネイルと対峙していました。

正直、あの時なぜMVを見る気になったのか、本当に全く覚えていません。
残っているのは、MVを見た次の日に辿り着いたパフォーマンスのスクリーンショットだけ。
そして覚えているのは、曲を聴いて泣いたことだけ。

ジョングクさん

浮かび上がる君はあまりに鮮やかで
まるでそこにいるかと手を伸ばすところで
ふっと消えてしまう

淡々と降り積もった記憶の中で
君だけを拾い集めて繋げて
部屋中に映して眺めながら
込み上げる痛みで君を確かめている

film out

そこに広がっていた歌詞は、確実にback numberでした。
たぶん、作詞者を隠されても依与吏さんだとわかったと思います。本当に、ただback numberの曲だったんです。back numberの言葉なのに、色んな声が聴こえてくる、不思議な感覚。
どれが誰とかは知らなかったけれど、あまりに素敵な歌声たちに、私は自分がBTSのことが嫌いであることを忘れて聴き入ってしまいました。

そしてついに、私は運命の時を迎えるのです。

淡々と降り積もった記憶の中で
君だけを拾い集めて繋げて
部屋中に映して眺めながら
何一つ消えない君を抱きしめて眠る

君が囁く言葉がその響きが
行き場を失くして部屋を彷徨ってる
嗅いでしまった香りが触れた熱が
残ってるうちは 残ってるうちは

ラストサビの高音。
女性の声。いや違う。男性だ。繊細で、甘くて、それでいて力強い。依与吏さんと全然違う声の出し方なのに、back numberが伝わってきました。
すごく、すごく気になりました。
このボーカリストの声をもっと聴きたい。どんな人なんだろう。どんな顔なんだろう。すごく気になりました。

そうして辿り着いた人物。

天使らしい


JIMIN

彼こそが、私の惚れた歌声の持ち主であり、

原爆Tシャツ問題の、張本人でした。

認めたくありませんでした。
でも何度調べても出てくるのは彼の名前でした。

危なかった。また地雷を好きになるところだった。
韓国人なんてみんな反日なんだから、良かったのはback numberなんだから、好きになりそうな気持ちなんて忘れよう。

そう何度も言い聞かせました。
何度も何度も言い聞かせたのに、毎日毎日戻ってくるのはFilm outでした。

もう、手遅れでした。嫌いには戻れませんでした。
彼の動画を見れば見るほど優しい人柄にも惹かれて、好きになった自分の気持ちを、見捨てるわけにはいかないくらい、私はこの人の声に、姿に、救われたのです

気付いたら買ってました

音楽が私のアイデンティティなので、反日と決めつけてくよくよしていないで、好きでいられる言い訳を探し始めました。

こうして私の興味は、back numberから日韓の歴史にまで派生していきました

「反日」については、デリケートな問題であり、ただ音楽に魅力を感じて好きになったという話をする上で触れるには少し重すぎるので、また別の記事で書きたいと思っています。

簡潔に結論だけ述べると、
「浅はかな行動について謝罪するべきところには事務所が謝罪をしている」

そして、
「反日」という言葉は、気軽に簡単に使っていいものではない。
というのが私の見解です。

歴史の授業は受けていたはずなのに、何も知りませんでした。
韓国だけが悪いのだとずっと思い込んでいました。
日本が行うべき教育、日本人が知らない歴史、まだまだたくさんあるのだと突きつけられ、何も知らないくせに、少しだけ原爆を知っているからと言って反日という言葉に重すぎる責任を負わせていた自分が、とてつもなく恥ずかしくなりました。
以下にわたしの学びのきっかけとなったhoneysojuさんという在日コリアンの方のブログを載せておきます。
もしここまで読んでくださった方がいらっしゃれば、このブログも読んでみてほしいです。

依与吏さん
素敵な曲を書いてくれてありがとう