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交通標語の鑑賞文を書くとちょっと楽しい

「鑑賞文」というものがある。俳句や短歌といった韻文について、解釈や批評を記した文章だ。
中学校の国語で、短歌と鑑賞文をセットにした文章を履修した人も多いだろう。

そんな鑑賞文を、交通標語にも添えてみたらどうだろう。多くの標語は七五調で作られているので可能なはずだ。

実際にやってみた

今回は、この標語について鑑賞文を書いてみようと思う。

とびだすな/見えない場所から車くる。

この標語の初句は「とびだすな」。最も有名な交通標語――「とびだすな/車は急に/止まれない」から本歌取りが為されている。

技巧が光るのはここからだ。「車は急に止まれない」の標語では車の特性を述べている二句・結句が、こちらでは「見えない場所から車くる。」
一貫して読者(歩行者)の視点であり、あくまでまだ見ぬ車への注意を喚起しているのだ。

ただ印象を変えただけではない。「見えない」という表現は恐怖を想起させる。突然の交通事故が恐ろしいものであることを示し、標語としての強度も高めているのだ。

全体を通して和語で構成される中、「場所」だけ漢語である点も目を引く。この違和感がフックとなり、標語全体の印象を強めていると言えるだろう。

結句は「車くる」と、軽快でリズミカルな語感で締めるユニークさを持ちつつ、標語としては珍しく末尾に「。(句点)」を置いている。

この句点が、読み進めた流れをキュッと止めるような印象を与える。初句切れの後、二句目・三句目を一続きに読ませる構成の標語だからなおさらだ。
「車は急に止まれない、でもこの標語を読んだあなたは、一度立ち止まれるはずだ」。
そんなメッセージが、この句点には込められているのだ。

・ ・ ・

こんな感じだろうか。
十七音の短い標語でも、かなり深掘りできることが分かった。

やってみて

十七音に込められたメッセージを独自解釈で掘り下げてみるのは面白いことが分かった。

十七音というごく限られた量だからこそ、標語全体をじっくり読み込み、言葉に込められた意味を深く考察(あるいは捏造)することができる。

また、基本的には標語の表現を肯定する方向で書いていくとそれっぽい鑑賞文になると感じた。確かに教科書では、現代の歌人である馬場あき子氏が、正岡子規ら古の歌人について繙いている。ここで子規をわざわざクサすようなことは書くまい。

大まかにまとめるなら、こんな感じだ。

  • 鑑賞文を作るのは面白い

  • 短いからこそ掘り下げが楽しい

  • 褒めたほうがそれっぽい

もう1つやってみる

コツが分かってきたところで、もう1本やってみよう。

だいぶ案内板がくたびれているが、JR矢向(やこう)駅近くで見かけた標語だ。交通標語ではないのだが、目についたのでこれで行ってみようと思う。

声かけて 声かけられて うれしい矢向

この標語で目を引くのは、「声かけて」「声かけられて」という能動と受動の畳み掛けだ。

ただお互いに声をかけることを示すのであれば、「声かけあって」の一言で済むところを、敢えて初句と二句で伝えている。
これによって、会話のキャッチボール感がより際立ち、気づかいや会話が一方通行ではないことが印象付けられるのだ。

そして、「声かけ」た先にあるのは「うれしい」という素朴な感情。おそらく本来は防犯を意識した標語だと考えられるが、そうした物騒な話を抜きに、地域に暮らす人々のコミュニケーションの暖かさを伝えている。
地元に根差した人の輪が形成されていることが何よりの防犯である、というメッセージとも言えるだろう。

だからこそ、結句は地名で絞められているのだ。
単に七五調の標語を作りたければ「うれしいね」で収まってしまう。
ここで敢えて「うれしい矢向」と体言止めで結ぶことで、地域の繫がりを尊重しようというメッセージが際立っている。

この結句は見ての通り字余りになっているのだが、だからこそ「矢向」という地名が最後に印象に残り、今いるこの街のことを思わせるのだろう。

・ ・ ・

交通系ではない標語でも、それっぽい鑑賞文になったのではないか。

鑑賞文は面白い

今回は2本だけ作ってみたが、鑑賞文を書くのは思っていた以上に面白かった。
お題に従って文章を書くという意味では、ライターとしてのトレーニングにもなるのではないだろうか。

ちなみに、1本目を書いてから、しばらく出かけるたびに良い感じの交通標語を探していたのだが、意外と見つからなかった。
そこら中にありそうなのに、いざ探すと見つからない。交通標語がそんなカテゴリの存在だと認識したのも、今回の気付きと言える……かもしれない。

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