見出し画像

サザンオールスターズ『イエローマン~星の王子様~』から考える90年代デジタル・サザン

『イエローマン~星の王子様~』との出会いまで

2005年。当時中学三年生。ドラマ『大奥 〜第一章〜』がブームとなっていた。正直ドラマの内容はそれほど覚えていない(松下由樹が主演だった)のだが、そこでエンディングテーマとして使われていたのが、サザンオールスターズ50作目のシングル曲「愛と欲望の日々」であった。

『大奥』の奥深く怪しい雰囲気に合った淫靡なディスコ歌謡。今思えば、ケツメイシ「君にBUMP」トラジ・ハイジ「ファンタスティポ」のリリースも同じ2005年で、J-POPにちょっとしたディスコ再評価の流れがあったのを意識した楽曲かもしれない。

当時中学三年生で、母親の影響でサザンを聴いていた。とくにサザンの楽曲では「愛の言霊〜Spiritua Messagel〜」や「Paradice」などのディスコ歌謡路線が好きだったので着うたに設定したのを覚えている。マナーモードを設定し忘れ、塾の授業中に大音量で流れたのが恥ずかしかった。
「愛と欲望の日々」はミディアムバラード「LONELY WOMAN」と両A面を成しており、B面(カップリング)として既存曲のライブテイク2曲が収録されていた。(ちなみにライブバージョンはサブスクにあがっていないのでCDを買って聴いてほしい。)ひとつは「ラチエン通りのシスター」。サザン初期を代表する名バラードである。

もう一つのライブテイクは今回取り上げる楽曲「イエローマン〜星の王子様〜」である。

このライブテイクがカッコよくて何回も聴いた。ディファ有明で行われたファンクラブ限定ライブの模様を収録したライブで、シンガロングしやすいコーラス、アコースティックギターの力強い響きとホーンセクションの組み合わせがカッコいいフォークロックアレンジ。父親の影響で聴いていた吉田拓郎の「落陽」のライブ音源と同じ熱狂を感じていた。

こんなにカッコいいライブテイクなら、原曲も超カッコいいフォークロックに違いない!そう思い、僕は当時はまだ地元にあったタワーレコードに行ったのである。

ちょうどよく、2004年にはサザンオールスターズはレコードや8cmCDでリリースされて手に入りにくくなっていたシングル盤を12cmシングルCDとしてリイシューしていた。「イエローマン~星の王子様~」の原曲があるなら、それをぜひ聴いてみたいと思い、地元のタワーレコードで取り寄せてもらってCDを手に入れ、再生した。

そして唖然とする。不穏なノイズから始まるイントロ。そこから急にドカドカと性急で硬いビートにロボットみたいな桑田のボーカル!2番目のサビ後のわけのわからない展開(ライブ盤の音源ではカットされている)。アコギは!?コーラスは!?ホーンセクションは!?

僕は「イエローマン~星の王子様~」を通して、ライブアレンジと原曲がまったく異なることがあるということを知った。

「イエローマン~星の王子様~」のデータ

『イエローマン~星の王子様~』は90年代の終わり、1999年3月25日にリリースされたサザンオールスターズ43作目のシングル。国民的大ヒットナンバー『TSUNAMI』の前にリリースされたのにもかかわらず、オリコン最高位10位、売上枚数も振るわなかったシングルとして知られている。

インターネットでざっと検索して当時の評価を見てみても、ジャケット、歌詞、PVともにナンセンス、TVでのパフォーマンスもメンバーは演奏せずに充て振りで踊っており、コアなファン以外には受け入れられなかったのではないかというのが一般的な評価のようである。

ただ、売り上げに反して、ライブで盛り上がるファン人気の高い楽曲として知られており、全国ツアー『Se O no Luia na Quites 〜素敵な春の逢瀬〜』のセットリストではアンコール前の最後の楽曲として位置づけられているし、活動休止宣言直前に行われた2008年『真夏の大感謝祭 LIVE』で行われた「ライブで演奏してほしい楽曲」を決めるファン投票では全楽曲中11位を記録している。

しかしながら、2018年に発売されたベスト盤『海のOh, Yeah!!』に収録されるまでは、オリジナルアルバムにも企画盤にも収録されず、原曲にアクセスするにはシングルCDを購入するしかない状態が続いていた。
ちなみに「イエローマン」のカップリング曲として収録されている「夏の日のドラマ」は、ドラムス松田弘が歌唱するひと夏の恋を切なくさわやかな名曲である。「TSUNAMI」も収録されている企画盤『バラッド3』にも収録されており、こちらの方を多く聴いているファンもいるかもしれない。

ドカドカと鳴る硬質でダンサブルな4つ打ちビートに歪んだギター。シンセベースにロボットのような桑田のボーカルのエフェクト。聴くものに高揚感(と少しの戸惑い)をもたらすデジタルサウンドが印象的な「イエローマン」。時代ごとの洋楽を巧みに取り入れ日本のヒットチャートになじむアレンジを施すことで時代ごとのヒット曲を作り上げてきたサザンオールスターズの歴史を踏まえると、当時流行していたThe ProdigyやChemical Brothersなどのビッグ・ビート系のアーティストからの影響があるのではないかと思われる(個人の方のブログではあるが、https://peaceandhilight.hatenablog.com/entry/2018/08/06/225911 でも指摘されている。)

ちなみにサザンのドラマー松田弘はサザンオールスターズのYoutube公式チャンネル内の企画『松田弘のサザンビート』でこの楽曲を「そんな曲をサザンでやるのか?」と驚いたということを語っている。


『さくら』におけるデジタル・アレンジ

「イエローマン」は「TSUNAMI」「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」「真夏の果実」のような有名曲しか知らないライトなファン層には馴染みのないデジタル・ロックだが、サザンの楽曲でこの曲が特別というわけではなく、「イエローマン」の前にリリースされた13作目のアルバム『さくら』ではデジタル・アレンジが大幅に導入されている(「爆笑アイランド」「BLUE HEAVEN」「CRY 哀 CRY」「PARADICE」等)。

実際、この頃の桑田佳祐の関心はデジタルとロックの融合にあったようである。90年代から2000年代までの間、サザンオールスターズのメインエンジニアをつとめた林憲一は、「イエローマン~星の王子様~」の前、1998年リリースされたフルアルバム『さくら』の制作についてインタビュアーに尋ねられて、以下のように語っている。

まず、97年に「01 MESSENGER~電子狂の詩~」「BLUE HEAVEN」という2枚のシングルがあって。その頃、桑田さんと一緒にレディオヘッドのライブを観たんですが、デジタルとロックの融合にトライしていた。その流れで、当時の現代的な要素も取り入れて、僕としてもかなり好き放題やらせてもらったアルバムでしたね。

『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』 (リットーミュージック)
サザンオールスターズ歴代レコーディングエンジニアの証言 林憲一の章(p.80)より引用

当時桑田と林が行ったRadioheadのライブは、おそらく98年に行われた日本ツアー。97年リリースの3rdアルバム『OK Computer』を引っ提げてのツアーと思われる。(Radioheadが本格的にデジタルサウンドを取り入れたのは『OK Computer』ではなく次作『Kid A』ではないかと思われるがここでは措く)
実際に桑田はRadioheadからの影響を公言しており、作品としては1997年11月にリリースされたシングル『BLUE HEAVEN』のカップリング曲として収録されている「世界の屋根を撃つ雨のリズム」は「Paranoid Android」を意識したパロディ・ソングになっているし、『さくら』に収録されている「CRY 哀 CRY」のリヴァーヴがかかったアルペジオとサビの歪んだギターサウンドの緩急は『OK Computer』期のRadioheadからの影響を感じさせる。

『さくら』の収録曲の中でのデジタル・アレンジにおいて、特筆すべきは「(The Return of) 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」である。
原曲のシングル「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」は警告音のようなSEから始まるハードロックであるが、CメロでJAZZの要素が入り込み、桑田のダバダバコーラスが終わったと思ったらホーンセクションとともに大サビを迎え、最後はPCの電源を切ったときに流れるようなSEで終わるという、文字にしてみると奇抜だが、硬派なハードロックナンバーとして聴くことができる。

ちなみにビクターの公式サイトの当時のリリースでは「新たな1997年のサザン・サウンドはROCK & HIP HOP & JAZZのフレイバーがちりばめられたパワフルな曲に仕上がりました。」と紹介されている。HIP HOPの要素を見出すのはちょっと難しい気もするが、要するにサザンオールスターズにとっても新機軸のサウンドであったことを伝えたいのではないかと思う。

『さくら』の終盤におかれた「(The Return of) 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 <Album Version>」は原曲の構成は同じであるが、アレンジが異なり、ドラムンベースの要素が加えられている。

当時のメインエンジニアをつとめた林憲一は、以下のように語っている。

「(The Return of) 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」は、桑田さんから「何かないかな」と振られて、僕と角谷君とでドラムンベースのテイストを加えました。

『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』 (リットーミュージック)
サザンオールスターズ歴代レコーディングエンジニアの証言 林憲一の章(p.80)より引用

林が言及している角谷君とは、90年『稲村ジェーン』よりサザンオールスターズ・桑田佳祐のコンピューター・プログラミングのサポートメンバーとして参加している角谷仁宣のことである。80年代後半から桑田・サザンのプロデューサーを務めていた小林武史の人脈で、サポートメンバーとして継続的に参加しており、90年代のサザンオールスターズにおけるハードディスクレコーディングの導入にも貢献している重要人物である。

林・角谷によるデジタル面での貢献がありデジタル・サウンドが全面的に取り入れられた『さくら』が生まれ、のちにシングルとして「イエローマン~星の王子様~」が作られたといえる。

1985年の最先端「Comuputer Chirldren」

また、「イエローマン」のリリース前年、1998年夏に行われた野外ライブ『サザンオールスターズ 1998 スーパーライブ in 渚園 モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~』ではアンコール含めて32曲もの楽曲が披露されているが、夕方から夜にかけての太陽が沈む印象的なタイミングで「CRY 哀 CRY」「Comuputer Chirldren」「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」の3曲が続けて演奏されている。これは偶然ではなく、桑田の意図的な演出であることがDVDに収録されているインタビューで語られている。

「Comuputer Chirldren」は1985年にリリースされた8thアルバム『KAMAKURA』の1曲目に収録されている楽曲で、ヒップホップやテクノの影響を受けた無機質なサウンドと「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」にも通底するデジタル化による管理社会の到来を危惧するテーマが特徴的な楽曲。

歌詞カードには「”Computer Children”は、スクラッチ、不規則なリズムなど、各種のEffect処理が行われています。未体験のサザン・サウンドをお楽しみください」と書かれている。当時日本では最先端とされたテクノロジーをふんだんに盛り込んだ楽曲である。この時にシンセサイザーやプログラミングを担当していたのはYMOのアシスタントとして知られる藤井丈司であり、当時のレコーディングエンジニアの池村雅彦によると、ミックスには3日かかったと言われている。

ちなみに音楽評論家のスージー鈴木は『サザンオールスターズ 1978 - 1985』(新潮社)で「Computer Children」を「この曲から始まることがアルバム「KAMAKURA」への心象を悪くする」「未整理な「Effect処理」が、聴き手に負担を強いるかたちになっている。当時のサザンの時代感覚のズレが垣間見える。」と批判的にレビューしているが、87年にリリースされたRealFish feat.桑田佳祐・いとうせいこう「ジャンクビート東京」とも共鳴するアレンジであり、日本におけるヒップホップおよび音楽のテクノロジー受容の観点からは重要な楽曲なのではないかと思う。洗練されていないのは事実かもしれないが、「時代感覚のズレ」というのは同意しがたい。

話を戻すと、大事なのは、桑田が85年当時につくった当時の最先端のテクノロジーを取り入れた「Computer Children」を『さくら』におけるデジタル・アレンジの代表的な楽曲である「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」の前に位置づけることで、サザンにおける「デジタル・アレンジ」のストーリーを提示していることである。この延長線上にあるのが、「イエローマン~星の王子様~」なのではないか。

90年代メガ・サザンの裏にあったデジタル・サザン

音楽評論家スージー鈴木は90年代以降のサザンを「国民的サザン」=「メガサザン」と評している。

≪みんなのうた≫(88年)というタイトルが象徴するように、活動再開以降のサザンは、唯一無二の「国民的バンド」として君臨。巨大な会場、超満員の観客を目の前に、桑田佳祐が「スタンド!」「アリーナ!」と絶叫するバンドとなっていった。
あのあっちに行ったり・こっちに行ったり、悩んで・開き直って、それでも一歩一歩、前に進んでいった、あの青臭い初期サザンを愛する者として「国民的サザン」にはちょっとした違和感もあり、(中略)正直、サザンから気持ちが遠ざかっていたことを告白する。

スージー鈴木『サザンオールスターズ 1978 - 1985』(新潮社)

たしかに、この見立ては正しく、90年代以降のサザンのライブは一部の例外を除いてアリーナ・スタジアムクラスの会場で、大規模なステージ、サポートメンバー、ダンサーによって演出されている。
一方、90年代サザンに音楽的冒険(あっちに行ったり・こっちに行ったり)が無かったかというと、それは全くそんなことはないのではないか、と思う。少なくとも、国民的大ヒット『TSUNAMI』の前には、アルバム『さくら』があり、異様な熱量の「イエローマン~星の王子様~」が生み出されたという、デジタル・サザンのストーリーがあったことを指摘しておきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?