夕焼け屋

   

 私は、夕焼けを売ってるんです。そんなものが売れるのかって? 買う人はたくさんいますよ。おや、夕焼けなんてタダだとおっしゃる? とんでもない。あなたも生きて来た中で、いちばん綺麗だった夕焼けってあるはずです。それが人生の財産ですよ。でも不思議なもんでね、たとえば同じ夕焼けを見ても、人によって見え方が違うんです。同じ夕焼けを見ていても、心に響かなかったり、涙がとまらないくらいに美しく見えたり。夕焼けってそういうものなんですよ。
 誰が買うのかって? 夕焼けが見たい人に決まってるじゃないですか。あなたはまだお若いから、そんな気持ちにならないかもしれないけど、そういう時期が来るんです、人間にはね。死神? 私がですか。とんでもない。どちらかというと福の神じゃないですかね。いや、そんなたいしたもんじゃない。ただの夕焼け屋ですよ、私は。
 あなたも買ってみますか。さあ、どんな夕焼けが見られますかね。価値はあなたにしかわからない。いつかの、あの時の夕焼けが見たいっていうのが、売れ筋商品ですね。誰かと見たり、どなたかのことを思って見たりした夕焼け。もちろん、その人は戻ってこないけれど、その時の夕焼けをお売りはできますよ。お代ですか? これも若い人には理解しにくいんですが、夕焼けのお代ってお金じゃないんですよ。その人の何らかで支払っていただくんです。魂? いや、だからね。私は死神じゃないです。もちろん、残りの人生をお代にして、夕焼けを買う方もいらっしゃいますけど。ほら、ちょうど日が暮れる時刻です。今日はいい夕焼けが見えるはずなんです。駄目なら明日とか、明後日とか、ずっと待つんです。夕焼けは見えるまで待つんですよ。

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