「過去未来報知社」第1話・第84回
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公園に響くブランコの軋む音、一つ。
慶太が一人でブランコに座っている。
遠くで猫が鳴く声がする。
同時に人の気配を感じ、慶太は立ち上がった。
「二人で夜のランデブーじゃないのか」
「古いな、あんたも、言うことが」
着物の裾を翻して歩いてくる大家に、慶太は毒づいた。
「あいつは部屋に帰した。
あんたが来るとこいつが教えてくれたんでな。
慶太の足元で、黒灰ゴマ猫が一つ、鳴いた。
「どうだい、懐かしい場所に戻った感想は」
大家の腕の中には、白い美しい猫がいる。
「ああ、『あんた』の方なのか」
慶太の言葉に、大家は頷いた。
「……あんた、自分で歩いて来られるのなら、
俺をここにやる必要はなかったんじゃないのか」
大家は薄く笑う。
「六合の町ぐらいなら、50年周期が近づけば出てこられるのさ。
だが、あそこはダメだ」
「山、か」
慶太は苦い顔をする。
「あんたにもいい思い出はない場所だよなぁ」
薄ら笑いを浮かべると、大家は白猫の頭を撫でた。
「あの場所にさえ行かなければ、あんたの人生、
こんな面倒なことにはならなかっただろうに」
「面倒でない人生なんてあるなら、教えて欲しいね」
「それもそうか」
白猫の喉を撫でると、大家は鋭い視線を慶太に向ける。
「今夜は、警告に来たのさ」
「警告?」
「ちゃんとあんたが、俺との約束を果すのかどうか。
万一、反故にするようなことがあるなら……」
「馬鹿なことを」
慶太は吐き捨てるように言うと、大家を睨みつけた。
「あんたの望みは俺の望みだ。
別にあんたの為にするわけじゃないが」
「……そうだな」
「それより『あんた』の覚悟はいいのか?」
「俺?」
斬りつけるような慶太の言葉に、大家はサングラスを外した。
大家の不思議な色の目に縛られ、慶太の背中に悪寒が走る。
「この力に気付いてから、ずっと願ってきたことだ。
覚悟もなにもない。これで俺は六合から解放される」
白猫がにゃあ、と鳴く。
大家は愛しそうにその頭を撫でた。
「あと少しで俺とあんたの願いが叶う……のか」
「そして、皆が救われる。いいことづくめだ」
「本当に……、それでいいのか?」
「あん?」
「俺には、あんたが救われるようにはどうも思えない」
「何を……」
大家はせせら笑うと、慶太をねめつけた。
「あんたと俺が会ったのは、何回だったか」
「……あいつが死ぬ前に見舞いで1回。
葬式の後、俺をここに送るときに1回、か」
大家は引きつったような笑い声を上げた。
「たった2回! それで俺の何が分かるっていうんだ!」
「あいつとあんたの時間だって、たった数週間じゃないか。
それなのに、あんたはなんであいつの為に命を投げ出すんだ」
「だから、言っているだろう。俺のためだと」
「あんたは多分、自分のために命を捨てる奴じゃない」
「随分と、買いかぶられたものだ。
それとも『過去』の俺はそんなにいい奴だったかな?」
鼻で笑うと、大家は月を見上げた。雲がかかり始めている。
「もう、ここにいられる時間もほぼ、ないな」
「……あんたに会うのは、これで最後か」
「お前が最後にするんだよ」
その声を残して、大家と白猫の姿は消えた。
黒灰ゴマ猫が、慶太の足に擦り寄ってくる。
「本当にあんたが自分のために生きる奴だったら、
その力に気付いた時に死んでいると、俺は思うんだがな」
聞こえるはずのない言葉を、慶太は空に向かって投げた。
>>第85回
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