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アフロディーテのひと夏の恋【note神話部2022年夏の企画】

※ この作品は、note神話部さんの2022年夏企画に参加しています。テーマは神々の「ひと夏の恋」&ちょびっと「バカンス」風味も、になります。

メインの二柱おふたりは、ギリシア神話からアフロディーテさま、ひと夏の恋のお相手は日本神話の思金おもいかねさまです。

それでは本編を、どうぞ。

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それはいつかの昔のこと。真夏のギリシアのビーチで、パラソルの下にくつろぎながらアフロディーテは新しい恋がしたくなった。

ああ、どこかにいい男はいないかしら?

アフロディーテは思いを巡らせた。夫のヘパイストスは、彼女に誠実でことあるごとに美しい銀や金や、宝石を散りばめた装飾品を、その鍛冶道具で精巧に作ってくれる。しかし彼はオリュンポスが皆認めるほど、美しいとは言えない風貌だ。

浮気相手のアレスは戦神。美しく勇猛果敢ではあるが、思慮に欠け、短気なところがある。

アドニスは美しく可愛い少年であったが、冥界へと去ってしまい、今はもう少年を巡る恋敵であったペルセフォネのもの、と言っていい。

美しく、賢く、どこまでも誠実な殿方が、もしかしたらギリシアの世界の外にはいらっしゃるかもしれないわ。

新たな恋を探す決意をしたアフロディーテはギリシアの神界しんかいを抜けて、世界を巡り、この方でもない、その方でもないと、お相手を探しながらついに日本の神界までやって来た。

ちょうど、日本の神々の世界は天岩戸あまのいわとにこもった天照大神あまてらすおおみかみが戻って来たところで、八百万やおよろずの神々がまるい輪になって祝いの踊りの真っ最中。夏の熱気と踊りの熱気が混ざり合っている。

踊りを休んで、輪のまわりにくつろぐ神々のあいだでは、天照大神を世界に取り戻す方法を考え、話し合いの場をもうけた思慮深き天津神あまつかみ思金おもいかねをもてはやす話題で持ちきりだった。

「思金さまの賢さ、穏やかさと言ったら、どこの神界にもあんなお方はいらっしゃるまいよ」
「きっと世界で一番誠実で、頼りになるのは思金さまだよ」
「思金さまは、おまけに美男子と来てるしなあ」

光り輝く美を隠し、ひとりの名もない神に扮して、八百万の神々からその名を聞いたアフロディーテはこころがとてもときめいた。

「その思金さまは、今どこにいらっしゃるのかしら」と彼女が尋ねると。

「天照さまを戻す大仕事をなさったあとだから、おひとりでいつもの山の岩に瞑想でもしてらっしゃるんじゃないか?」と答えがあった。

教えられたとおりに山を登っていくと、涼しい風が吹くなかに、頂きの岩に座る男の神がいた。頭の両側に髪を束ね、装束をまとい、首から勾玉の飾りを下げた姿。

アフロディーテの近づく気配を感じたのか、彼はすっと目をあけた。ひとえまぶたのすっきりとした東方における美男だった。

まあ、いい男。

アフロディーテは思金の前で、自分の美をあますところなく漂わせた笑顔を見せた。

「おや、ギリシア神界の美の女神、アフロディーテさまですな。こんなところへよくお越しに」

「お話を神々から伺いました、思金さま。大きな手柄を立てられたそうですね」

知的な容貌おもばせに魅せられたのか、アフロディーテのいつもの強気でわがままな態度はどこかへ消えてしまったようだ。

「おかげさまで。我らが天照さまが岩戸から出てきてくださって、本当に良かった」

思金が誠実な笑みを返す。美しく、賢く、誠実なひと。ほんとうに神々の世界にはこんな方がいらしたのだわ、とアフロディーテはたちまちのうちの恋に落ちた。

「思金さま。わたしの……恋びとになってくださいませんか」

「なんと! アフロディーテさまのような方が、私を!?」

「思金さまのような方を、わたしはきっと、ずっと探していたのです」

美の女神は、初恋をした乙女のような恥じらいを持ち、思金を見た。

「ありがとう。アフロディーテさまに惚れて頂けるなど、男としての幸せの極み」

「それならば……!」

「……しかしながら、私にはもう妻と子がいるのです」

構わないわ、とアフロディーテはこころのなかでひとり呟いた。

「アフロディーテさまにも、確か殿方がいらしたでありましょう、鍛冶の神ヘパイストスさまが」

「彼よりも、思金さまは素晴らしいお方だわ」

「……いえ。アフロディーテさまのそのお召しになっている腕輪も首飾りも、ヘパイストスさまがお造りになったものでしょう?」
「それは、そうだけれど」
「よく似合ってお出でですよ。ヘパイストスさまの、アフロディーテさまへ贈る愛が形になったものなのでしょうね」
「でしたら、この飾りは外しても」
「いけません。あなたの美しさを、一番よく分かり、飾り立ててくださっているのはヘパイストスさまですよ。その誠実さを裏切るような方では、私はアフロディーテさまをおそらく好きにはならないでしょう」

やんわりとした、断り方だった。しかし彼女は今、振られた。これ以上押しても嫌われるだけならば、と、アフロディーテは思金の言葉に涙をこぼしてうなずき、日本の神界をあとにした。

ギリシア神界に戻ってきたアフロディーテは、思金の言葉を思い浮かべていた。

「あなたの美しさを一番よく分かり、飾り立ててくださっているのはヘパイストスさまですよ」

そんな物の見方をしたことがなかった。美しくない夫に彼女はいつも不満を持っていたし、だからこそ数々の浮気をも重ねた。しかし、そんな彼女を認めて、美しい飾りを贈る夫のことを思金の言葉で見直すこととなった。

アフロディーテは夫の待つ家へと、帰ってきた。

「やあ、お帰りアフロディーテ」

ヘパイストスが微笑む。その誠実な笑顔が、ひと夏の恋をしたあのひとに、重なる。

女神は、夫をぎゅっと抱きしめた。

「……いつもありがとう、ヘパイストス。わたしが美しくいられるのは、ヘパイストスのおかげだったのね」
「どうしたんだい、アフロディーテ。今日は急に甘えん坊だね」

ヘパイストスは、とまどいながらも、そっと妻である美の女神の髪をいとおしそうになでた。

おしまい

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明日は矢口れんと部長です。どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりkyrieさんの作品をお借りしました、ありがとうございます。写真はデメテルさまとアフロディーテさまに対して捧げるお花だそうです。

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